私の最終出勤日。
同じ部署にいながら、ほとんど言葉を交わしたことのない50代の女性社員が、そっと声をかけてきた。
手には送別のお菓子。
しかも、わざわざ私が一人になるタイミングを見て来てくれたのだった。
正直に言えば、私はこれまで彼女のことが少し苦手だった。
軽い調子で話し、自分を「頭が悪い」「年だから仕方ない」と笑いに変える人。
ミスも多く、どこか頼りない印象を持っていた。
でも、その日だけは違って見えた。

帰宅後、私はお礼のメールを書いた。
もう会うこともないだろうと思い、これまで感じていたことを、できるだけ丁寧に言葉にした。
彼女は、自分を過小評価しすぎていること。
本当は素直で、周りに気を配れる人であること。
人は誰かと比べるものではなく、それぞれのゴールに向かって進めばいいということ。
一つひとつ言葉を選びながら、彼女の顔を思い浮かべて書いた。

その夜、遅い時間に返信が届いた。
そこには、彼女のこれまでの人生が綴られていた。
20代で離婚し、息子を女手ひとつで育ててきたこと。
最近ようやく子どもが自立し、自分の時間を持てるようになったこと。
そして、これからは資格を取り、仕事に活かしていきたいという前向きな思い。
そのメールを読みながら、胸が締めつけられた。

私はこれまで、職場では人間関係を深めないようにしてきた。
そのほうが仕事に集中できると思っていたからだ。
だから、誰のプライベートにも踏み込まず、自分のことも語らなかった。
でも

それで本当に良かったのだろうか。
彼女のことを、私は何も知らなかった。
そして、知ろうともしなかった。
もっと早く、少しでも理解しようとしていれば。
そう思ったとき、悔しさと申し訳なさで、自然と涙がこぼれていた。
人はそれぞれ、見えない事情を抱えて生きている。
その背景を知らずに、勝手に判断してしまっていたのは自分だった。
仕事に集中するあまり、周囲に無関心になっていた自分に気づいた。

4月から、新しい職場が始まる。
今度は、
目の前の人を、もう少しちゃんと見られる上司でありたいと思う。