「殺された側の論理」という本を読んでいる。

それに大津市少年リンチ死事件のことが載っている。

あの当時はネットもあまり使わなければ、テレビもあまり見ていないときだったので、そんな事件があったことすら記憶にない。


事件の内容はひどいものだった。

あんなにひどい殺され方をしたのに、少年院に2年入るだけで社会に戻って来られるなんて、信じられない。

少年法なんて何の意味があるんだと初めて思った。



わたしは性悪説の考え方を支持している。

人を殺すか殺さないかは理性や道徳心なんかで実際に行動に移さないだけで、誰でも殺人犯になれると思う。

その行動に移すか移さないかの決め手が然るべき愛情かなと思う。


愛情を与えることって、そんなに難しいことなのかな。

どうしてそんな子供を世の中に作り出してしまうんだろう。


人をそんな目に合わせて、よく生きていられる。

たがが外れたらそういうことも平気なんだろうけど、わたしのふつうで考えたら、怖くてそんなことは出来ない。

毎日うなされるわ。精神科に行かないとやってられない。



わたしは殺され方が刑を決める際に重要だと思う。

例え殺人でも、一刺しで苦しまずにあの世に行けたならまだいいと思う。

殺した人数よりも、どう殺したかだと思う。

上記の事件なんて、わたしの基準からすると、70代のおじいちゃんになってじゃないと刑務所から出したくない。

本当は「目には目を、歯には歯を」をしたいけど、誰か鬼畜な人が仕返ししてくれたらいいけど、そんな映画の中のようなことはないので、それなら人生の大半を失ってもらいたい。


何で刑務所から出て来られるんだ。

甘いよね。

反省をしない人に加害者の権利なんていらないと思う。