業界研究の効用の一つ、「自分をよく知る」について考えてみます。
業界研究と自分研究、これはスパイラル状態で、交互に考えていくような過程で進められるものではないかと思っています。そして、どちらも変化していくものだから、極端な話、働き続ける限りは、ずっと続いていくもののような気がしています。
先週、卒業後3年以内の方を対象としたカウンセリングフェアを担当したのですが、ある方は適性に関するアセスメントの結果を見て、志望していた業界を見直す例がありました。
その方の志望は飲食業、もしくは流通業。”店長”というポジションになんとなく憧れがあるのだとか。
ところがアセスメントを受けると「店長」という職種項目の適性は低い。
理由を二人して考えてみました。
いろいろ過去のアルバイトや学生時代の経験について話していくうちに、「決められたことを緻密にやっていくことは得意」というご自分の性格が見えてきました。一方で「あまり人と競うようなことはしたくない」とおっしゃるのです。
飲食業や流通では店長という仕事、日々いらっしゃるお客様に臨機応変に対応することが重要な役割として求められます。しかも、(会社にもよるでしょうが)売上などの業績を横並びで比較されます。自ずと他店と競わされてしまう。こうしたことから考えると、飲食や流通で「店長」を目指すのは、彼の性格から考えるとあまり向いていないようだという結論に至ったのです。
何かしらの違和感を覚えたとき、必ずその違和感の理由というのはあるものです。それを探求してみることで、今まで気づかなかった自分の性格や価値観が見えてくるのです。
この方の場合のように、いったんは志望業種を決めてみたものの、その後のプロセスで違和感を覚えてその理由を考えてみる。そこで「自分の性格や志向」が明らかになる。そこで見えてきたものから、今度は志望業種や職種を探してみる・・・このことを労を惜しまず行うことで、より自分の適性にあった会社や仕事を見つけることができるのではないでしょうか。
ここで注意が必要なのは、志望したものが「自分の考え」であるのか、周囲の価値観に影響されてうまれたものなのかという点です。
例に挙げた方が、なぜ飲食店の店長志望になったかというと、ゼミでとりあげた業種で、そこで研究対象となった店長の仕事に、みんなが「かっこいい」を憧れたのがきっかけだったそうです。
自分の性格をあまり斟酌せずに、みんなが「いい」と言ったことに影響されてしまったようなのです。
さらに注意しなくてはならないのは、だからといって「これは人の価値観からの影響なのか?自分の性格に向いているのか?」とあまり考えすぎないこと。
逆説的かもしれませんが、どちらにしても一歩踏み出すことのほうが大事だからです。
例の方も、いったん飲食業志望と置いたからこそ、本当に向いているかを考えることが出来ました。このように、考える対象を置かないことには向いているかどうかもわからない。まずは、何のきっかけでもよいので、よさそうに思えた業種について、自分に適性があるかを考えてみてください。それがまず第一歩を踏み出すことになります。
ただ・・・
社会人生活20年を過ぎ、いま思うのは、冒頭で述べたように「自分を知る」ことは永遠に続くことではないかということ。
もしかしたら「働く」ということ自体が「自分を知る」を内在した過程なのかもしれません。