好きな漫画・小説や音楽・舞台作品などにそれぞれ共通した傾向がありつつも
いくつかの複数のタイプがあるように、
それらの作品に出てくる好みのキャラクターにもいくつか異なるタイプがあります。
ただ、好きなキャラクター同士の関係については、鉄板ともいうべき共通した設定が
あるようなので、それを絡めて作品ごとに紹介します。
その設定とは、「主人公=完全無欠なヒーロー(ヒロイン)タイプ」と「そのヒーロー
(ヒロイン)に寄り添う影、または相棒タイプ」です。
まずは、comicの欄でも真っ先に語った「ベルサイユのばら」について。
言わずとしれたそのヒーロー・・・いえ、ヒロインから。
<オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ>
現実には絶対にこんな人はいないと断言できる、理想の麗人「オスカル様」。
(どうしても「様」付けの呼称になってしまうのは、どうぞご容赦ください)
架空の人物だとわかっていても惹かれるのは、やはりその人物設定が
非常に魅力的だからです。
美しく誇り高く、聡明で公明正大、自己に厳しく他者に優しい大貴族の令嬢。
容姿も才能もその性格も非の打ち所のない完璧さですが、苛酷な運命に
翻弄されつつ自らそれに立ち向かい新たな運命を切り開こうとしたその姿に
何度涙しエールを送り勇気をもらったか、これまで数えきれません。
そして彼女の最大の魅力はその恵まれた容姿でも華麗な半生でもなく、
一人の人間として決して驕ることなく剥き出しの心で傷つき悩み成長する、
素直で純粋な人間性だと確信しています。
作品が生まれた時期がいわゆる学生運動の後半期であり、
同時に「ウーマンリブ」運動の全盛期であったため、女性の自立が
重要なテーマとして描かれているということもよく指摘されますが、
そんな時代背景とは無関係に、オスカル様の葛藤は今でも十分人の心をうつ
普遍的なメッセージがあると感じます。
マーガレットコミックス第8巻で、自身率いる衛兵隊が民衆側に寝返る際に
オスカル様が部下に語った台詞は、今読んでも感動を覚えずにはいられません。
「自由であるべきは心のみにあらず!!
人間はその指先1本髪の毛1本にいたるまで
すべて神の下に平等であり自由であるべきなのだ」
なんと胸のすくような一言でしょうか。
これほど端的で明快な「自由」についての信念に、
まだ「革命」の「か」の字も知らない少女期にふれることが出来たことを
今でも誇りに思っています。どれほど影響を受けたか、はかり知れません。
しかも彼女はその直前に、以前自らが語った「心は自由なのだ」という
言葉を「あやまち」として「訂正」し、この言葉を「つけくわえて」いるのです。
彼女がこの結論を出すまでに、どれほど苦しみ葛藤し逡巡してきたかを
ここまで読んでいる者たちはよく知っているからこそ、この一言の重さが
胸に響きます。
かつての自らの信念を、部下の前で「訂正」する潔さ。
自らの過去の業績や家族を捨て、新しい信念にもとづいて
いまだ何ものかわからない「革命」にすべてを投げ打つ誇り高さ。
この台詞を考え、物語を展開させた作者の才に今でも驚嘆するとともに
作品にふれるたび、初心に戻るような思いに胸をつかれます。
自分は怠けてはいないだろうか?
はたして、誠実に自己の問題に向き合っているといえるだろうか?
依怙地になり、古い信念に凝り固まってはいないだろうか。
そんな、自分への問いかけを思い起こさせてくれる一言です。
連載から30年以上経った現在でも、女性の自立はいまだに課題ですし
格差社会という解決しなければならない大きな問題が目前にあります。
ですがその前に、まず自分自身が一人の人間として成長への努力を
続けているかどうかを見直したいと、この作品を読み返すたびに思います。
(しかし、現実にはまったく今の自分に合格点をつけられないのですが)
恵まれた資質や生まれに安穏と胡坐をかくのではなく、
常に弱い者の苦しみを考え、部下や愛する者を救えない無力さに
葛藤する優しさや、自らの弱さを認め、それでも誠実に強くあろうとする
ひたむきさが私の感じるオスカル様の最大の魅力です。
もちろん、オスカル様の人間的な魅力はそれだけにはとどまりません。
不器用なところ、熱血で喧嘩っ早いところ、意外と涙もろいところ、
すぐムキになるところ、女たらしなのに男性には純情(!)なところなど、
麗しの「氷の花」とは正反対の可愛らしい魅力も満載です。
そして、それらの顔を最もよく見せているのは、その幼馴染みと一緒に
いる時なのです。だからこそ、二人のコンビは最高です。
次に、「ヒーロー(ヒロイン)の影」としてのキャラクターについて。
もしかすると、こちらの方がより思い入れがあるかも。なぜって、不憫だから(笑)
<アンドレ・グランディエ>
オスカル様の幼馴染みにして、従僕兼部下兼護衛兼守り役。
オスカル様より一才年上の、れっきとした平民。
当初は陽気でマイペースな好青年としてオスカル様の脇にぴったりと控え、
長じても脇に控えながら主役を複数の意味で食ってしまった(!)という、
身分だけでなく作品上の役割としても日本人の大好きな「下剋上」(笑)を果たした、
実に象徴的な脇役くんです。
思えば、登場時から不思議なキャラクターではありました。
美しく華麗なオスカル様の横にいつもいて、ただぼんやりと微笑んでいる人。
ハンサムっぽいのだが、よくわからない。←そんなに真剣に描かれていない(笑)
たまにタメ口で軽口を叩いているが、取り立てて印象に残るほどではない。
ただ、あのオスカル様が唯一心を開いている同年代の友人?であるらしい。
単なるオスカル様のモノローグの聞き役だったそんな彼が、主体性を持ち
意思ある人物として描かれるようになってから、物語は一気にオスカル様中心に
傾き、鮮やかに魅力を増していったのは周知の事実です。
当初の設定では「オスカル様の運命の相手」ではなかったらしい彼が、
その人間的魅力を増していったのも、やはりこの作品の持ち味だと思います。
つまり、貴族以外の世界に目を向けるようになったオスカル様の人間的成長と
ともに、作品そのものも成長したのではないかと。
革命家でも義賊でもなく、母親の仇を取りたい娘のようなドラマもない「平凡な
青年」だったアンドレが、オスカル様との身分違いの恋を通して人間的深みを
増していく過程はこの作品のもうひとつの主筋です。
前半の彼は、前述したように「陽気でマイペースな青年」。身分差があっても
決して卑屈になることなく、臆することもない姿勢が好感を誘います。
熱血で怒りっぽいオスカル様を静めて和ます、中和剤のような存在でした。
一転して、中盤の彼はオスカル様をひたむきに想う情熱青年。
フェルゼンへの片思いに悩むオスカル様をみつめることしか出来ず、
シリアスな場面が増えていきます。
そして、髪を切ってからのイメチェンぶりは凄まじく、いきなりとんでもない
イケメンになるわ(それまでもそこそこハンサムでしたが)、オスカル様を
押し倒すわ告白はするわ、まる別人のような暴走ぶり。
正直、この頃の熱すぎる彼は、イケメンになったとはいえその行き過ぎた行動に
引いてしまう面もあります。
当の「被害者」であるオスカル様がそんな彼を遠ざけようとしなかったのは、
それ以上の「信頼関係」が二人の間に既にあったからだろうと思いますが。
これ以降の彼は、ひたすら絶望したり銃をぶっ放したりショコラをかけたり、
もう暴走機関車。あの穏やかで陽気なアンドレはどこに行ってしまったの???
ですがこんな苦悩ぶりもまた、作品の大事なエッセンスになっているのですね。
後半、「毒ワイン事件」を経てある種の悟り?を開いた後は、アンドレに再びかつての
穏やかさが戻ってきます。個人的には、この頃のアンドレがいちばん好きです。
残念ながら、その月日は長くは続かなかったわけですが・・・。
アンドレもまた、少女漫画の登場人物らしく容姿には大変恵まれています。
特に、左目を負傷し隻眼となってからの翳りのある長身黒髪ぶりでその苦悩と
合わせ「野性味あふれる危険な男」としての新たな魅力の境地に達したようです。
ですがこれまたオスカル様同様、その最大の魅力は容姿ではなく、あの穏やかさや
陽気さといった「普通の人間らしさ」に尽きるのではないかと考えています。
特に、この「ベルばら」に関していえば、オスカル様やアントワネット様、ロザリーと
いった超人的な魅力や強さを持つ女性が多く登場するのに対し、フェルゼン伯に
してもこのアンドレにしても、なんと人間らしい平凡な善良性を持っていることか。
もちろん容姿は魅力的ですが、時に「あらあら、そんなに弱くちゃダメじゃない」と
声をかけたくなるような軟弱な良き人物ぶりを発揮しています。
その正直さや人間臭さが、またとても魅力的なのです。
(そのように感じるのは、もしかすると自分が女性だからかもしれませんが・・・)
最初の話に戻りますが、オスカル様もこんなアンドレだからこそ身分の差を超えて
最終的には想いを寄せるようになったのはたしかで、アンドレの前でオスカル様は
他人の前では決して見せないような無防備な顔をいくつも見せています。
また、アンドレもオスカル様に全幅の信頼を寄せ、何事も彼女の決断に任せて
その補佐役に徹しています。
この二人の結びつきがとても魅力的で、身分や性別を超えたその信頼関係に
幾度胸をときめかしたことか。
アンドレ抜きのオスカル様は考えられず、オスカル様抜きのアンドレもありえない
・・・とはジェローデルの言ですが、そんな二人にお似合いなのは実は愛を語り合う
場面ではなく、軽口を叩き合ったり仕事の連絡をしたりする何でもない日常だと
私は思います。また、アンドレ単体に関して言えばアランをはじめとする衛兵隊士と
語らう「優しい兄貴分」的な一面も魅力的です。
誰に対しても分け隔てなく自然体で、上下の別なく本音で語り合える男。
優しく穏やかで、明るく茶目っ気があり、それなりに仕事ができる大人の男。
これがアンドレ・グランディエの人間的魅力だと信じてやみません。
やっぱり、「普通」ですね(笑)
しかし、特異とも言えるあの末期の貴族社会の中でその「普通さ」を保ったことが
オスカル様を救い、心の癒しになっていたことは疑いようもない事実だと思います。
あの時代に平凡であり続けることがどれほど難しいことであったかは、革命前後の
歴史を見れば歴然としています。
そして、そんな彼を選んだオスカル様の慧眼ぶりに今でも敬服するばかりです。
とてつもなく長くなってしまいましたが、内容は非常にとっちらかっています。
やはり私の力では、この作品や登場人物の魅力を語りつくすことはできません。
多くの方がご自身のサイトなどでもっと詳しくわかりやすく語っていらっしゃるので、
私としてはとりあえずこの拙文で締めたいと思います。
次回は「BUD BOY」のキャラクターについて語ります。