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もえまま日記

もえままのブログ

好きな漫画・小説や音楽・舞台作品などにそれぞれ共通した傾向がありつつも

いくつかの複数のタイプがあるように、

それらの作品に出てくる好みのキャラクターにもいくつか異なるタイプがあります。


ただ、好きなキャラクター同士の関係については、鉄板ともいうべき共通した設定が

あるようなので、それを絡めて作品ごとに紹介します。

その設定とは、「主人公=完全無欠なヒーロー(ヒロイン)タイプ」と「そのヒーロー

(ヒロイン)に寄り添う影、または相棒タイプ」です。


まずは、comicの欄でも真っ先に語った「ベルサイユのばら」について。

言わずとしれたそのヒーロー・・・いえ、ヒロインから。


<オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ>

 現実には絶対にこんな人はいないと断言できる、理想の麗人「オスカル様」。

 (どうしても「様」付けの呼称になってしまうのは、どうぞご容赦ください)

 架空の人物だとわかっていても惹かれるのは、やはりその人物設定が

 非常に魅力的だからです。
 美しく誇り高く、聡明で公明正大、自己に厳しく他者に優しい大貴族の令嬢。

 容姿も才能もその性格も非の打ち所のない完璧さですが、苛酷な運命に

 翻弄されつつ自らそれに立ち向かい新たな運命を切り開こうとしたその姿に

 何度涙しエールを送り勇気をもらったか、これまで数えきれません。

 そして彼女の最大の魅力はその恵まれた容姿でも華麗な半生でもなく、

 一人の人間として決して驕ることなく剥き出しの心で傷つき悩み成長する、

 素直で純粋な人間性だと確信しています。


 作品が生まれた時期がいわゆる学生運動の後半期であり、

 同時に「ウーマンリブ」運動の全盛期であったため、女性の自立が

 重要なテーマとして描かれているということもよく指摘されますが、

 そんな時代背景とは無関係に、オスカル様の葛藤は今でも十分人の心をうつ

 普遍的なメッセージがあると感じます。


 マーガレットコミックス第8巻で、自身率いる衛兵隊が民衆側に寝返る際に

 オスカル様が部下に語った台詞は、今読んでも感動を覚えずにはいられません。


 「自由であるべきは心のみにあらず!!

 人間はその指先1本髪の毛1本にいたるまで

 すべて神の下に平等であり自由であるべきなのだ」


 なんと胸のすくような一言でしょうか。

 これほど端的で明快な「自由」についての信念に、

 まだ「革命」の「か」の字も知らない少女期にふれることが出来たことを

 今でも誇りに思っています。どれほど影響を受けたか、はかり知れません。

 

 しかも彼女はその直前に、以前自らが語った「心は自由なのだ」という

 言葉を「あやまち」として「訂正」し、この言葉を「つけくわえて」いるのです。

 彼女がこの結論を出すまでに、どれほど苦しみ葛藤し逡巡してきたかを

 ここまで読んでいる者たちはよく知っているからこそ、この一言の重さが

 胸に響きます。

 かつての自らの信念を、部下の前で「訂正」する潔さ。

 自らの過去の業績や家族を捨て、新しい信念にもとづいて

 いまだ何ものかわからない「革命」にすべてを投げ打つ誇り高さ。

 この台詞を考え、物語を展開させた作者の才に今でも驚嘆するとともに

 作品にふれるたび、初心に戻るような思いに胸をつかれます。


 自分は怠けてはいないだろうか?

 はたして、誠実に自己の問題に向き合っているといえるだろうか?

 依怙地になり、古い信念に凝り固まってはいないだろうか。

 そんな、自分への問いかけを思い起こさせてくれる一言です。


 連載から30年以上経った現在でも、女性の自立はいまだに課題ですし

 格差社会という解決しなければならない大きな問題が目前にあります。

 ですがその前に、まず自分自身が一人の人間として成長への努力を

 続けているかどうかを見直したいと、この作品を読み返すたびに思います。

 (しかし、現実にはまったく今の自分に合格点をつけられないのですが)

 

 恵まれた資質や生まれに安穏と胡坐をかくのではなく、

 常に弱い者の苦しみを考え、部下や愛する者を救えない無力さに

 葛藤する優しさや、自らの弱さを認め、それでも誠実に強くあろうとする

 ひたむきさが私の感じるオスカル様の最大の魅力です。


 もちろん、オスカル様の人間的な魅力はそれだけにはとどまりません。

 不器用なところ、熱血で喧嘩っ早いところ、意外と涙もろいところ、

 すぐムキになるところ、女たらしなのに男性には純情(!)なところなど、

 麗しの「氷の花」とは正反対の可愛らしい魅力も満載です。

 そして、それらの顔を最もよく見せているのは、その幼馴染みと一緒に

 いる時なのです。だからこそ、二人のコンビは最高です。 


次に、「ヒーロー(ヒロイン)の影」としてのキャラクターについて。

もしかすると、こちらの方がより思い入れがあるかも。なぜって、不憫だから(笑)


<アンドレ・グランディエ>

 オスカル様の幼馴染みにして、従僕兼部下兼護衛兼守り役。

 オスカル様より一才年上の、れっきとした平民。

 当初は陽気でマイペースな好青年としてオスカル様の脇にぴったりと控え、

 長じても脇に控えながら主役を複数の意味で食ってしまった(!)という、

 身分だけでなく作品上の役割としても日本人の大好きな「下剋上」(笑)を果たした、

 実に象徴的な脇役くんです。


 思えば、登場時から不思議なキャラクターではありました。

 美しく華麗なオスカル様の横にいつもいて、ただぼんやりと微笑んでいる人。

 ハンサムっぽいのだが、よくわからない。←そんなに真剣に描かれていない(笑)

 たまにタメ口で軽口を叩いているが、取り立てて印象に残るほどではない。

 ただ、あのオスカル様が唯一心を開いている同年代の友人?であるらしい。

 単なるオスカル様のモノローグの聞き役だったそんな彼が、主体性を持ち

 意思ある人物として描かれるようになってから、物語は一気にオスカル様中心に

 傾き、鮮やかに魅力を増していったのは周知の事実です。

 当初の設定では「オスカル様の運命の相手」ではなかったらしい彼が、

 その人間的魅力を増していったのも、やはりこの作品の持ち味だと思います。

 つまり、貴族以外の世界に目を向けるようになったオスカル様の人間的成長と

 ともに、作品そのものも成長したのではないかと。

 革命家でも義賊でもなく、母親の仇を取りたい娘のようなドラマもない「平凡な

 青年」だったアンドレが、オスカル様との身分違いの恋を通して人間的深みを

 増していく過程はこの作品のもうひとつの主筋です。

 

 前半の彼は、前述したように「陽気でマイペースな青年」。身分差があっても

 決して卑屈になることなく、臆することもない姿勢が好感を誘います。

 熱血で怒りっぽいオスカル様を静めて和ます、中和剤のような存在でした。

 一転して、中盤の彼はオスカル様をひたむきに想う情熱青年。

 フェルゼンへの片思いに悩むオスカル様をみつめることしか出来ず、

 シリアスな場面が増えていきます。

 そして、髪を切ってからのイメチェンぶりは凄まじく、いきなりとんでもない

 イケメンになるわ(それまでもそこそこハンサムでしたが)、オスカル様を

 押し倒すわ告白はするわ、まる別人のような暴走ぶり。

 正直、この頃の熱すぎる彼は、イケメンになったとはいえその行き過ぎた行動に

 引いてしまう面もあります。

 当の「被害者」であるオスカル様がそんな彼を遠ざけようとしなかったのは、

 それ以上の「信頼関係」が二人の間に既にあったからだろうと思いますが。

 これ以降の彼は、ひたすら絶望したり銃をぶっ放したりショコラをかけたり、

 もう暴走機関車。あの穏やかで陽気なアンドレはどこに行ってしまったの???

 ですがこんな苦悩ぶりもまた、作品の大事なエッセンスになっているのですね。

 後半、「毒ワイン事件」を経てある種の悟り?を開いた後は、アンドレに再びかつての

 穏やかさが戻ってきます。個人的には、この頃のアンドレがいちばん好きです。

 残念ながら、その月日は長くは続かなかったわけですが・・・。


 アンドレもまた、少女漫画の登場人物らしく容姿には大変恵まれています。

 特に、左目を負傷し隻眼となってからの翳りのある長身黒髪ぶりでその苦悩と

 合わせ「野性味あふれる危険な男」としての新たな魅力の境地に達したようです。

 ですがこれまたオスカル様同様、その最大の魅力は容姿ではなく、あの穏やかさや

 陽気さといった「普通の人間らしさ」に尽きるのではないかと考えています。

 特に、この「ベルばら」に関していえば、オスカル様やアントワネット様、ロザリーと

 いった超人的な魅力や強さを持つ女性が多く登場するのに対し、フェルゼン伯に

 してもこのアンドレにしても、なんと人間らしい平凡な善良性を持っていることか。

 もちろん容姿は魅力的ですが、時に「あらあら、そんなに弱くちゃダメじゃない」と

 声をかけたくなるような軟弱な良き人物ぶりを発揮しています。

 その正直さや人間臭さが、またとても魅力的なのです。

 (そのように感じるのは、もしかすると自分が女性だからかもしれませんが・・・)

 

 最初の話に戻りますが、オスカル様もこんなアンドレだからこそ身分の差を超えて

 最終的には想いを寄せるようになったのはたしかで、アンドレの前でオスカル様は

 他人の前では決して見せないような無防備な顔をいくつも見せています。

 また、アンドレもオスカル様に全幅の信頼を寄せ、何事も彼女の決断に任せて

 その補佐役に徹しています。

 この二人の結びつきがとても魅力的で、身分や性別を超えたその信頼関係に

 幾度胸をときめかしたことか。

 アンドレ抜きのオスカル様は考えられず、オスカル様抜きのアンドレもありえない

 ・・・とはジェローデルの言ですが、そんな二人にお似合いなのは実は愛を語り合う

 場面ではなく、軽口を叩き合ったり仕事の連絡をしたりする何でもない日常だと

 私は思います。また、アンドレ単体に関して言えばアランをはじめとする衛兵隊士と

 語らう「優しい兄貴分」的な一面も魅力的です。

 誰に対しても分け隔てなく自然体で、上下の別なく本音で語り合える男。

 優しく穏やかで、明るく茶目っ気があり、それなりに仕事ができる大人の男。

 これがアンドレ・グランディエの人間的魅力だと信じてやみません。

 やっぱり、「普通」ですね(笑)

 しかし、特異とも言えるあの末期の貴族社会の中でその「普通さ」を保ったことが

 オスカル様を救い、心の癒しになっていたことは疑いようもない事実だと思います。

 あの時代に平凡であり続けることがどれほど難しいことであったかは、革命前後の

 歴史を見れば歴然としています。

 そして、そんな彼を選んだオスカル様の慧眼ぶりに今でも敬服するばかりです。



とてつもなく長くなってしまいましたが、内容は非常にとっちらかっています。

やはり私の力では、この作品や登場人物の魅力を語りつくすことはできません。

多くの方がご自身のサイトなどでもっと詳しくわかりやすく語っていらっしゃるので、

私としてはとりあえずこの拙文で締めたいと思います。


次回は「BUD BOY」のキャラクターについて語ります。

自分で言うのも何ですが、子どもの頃は結構「読書家」でした。

家にあった世界文学全集も、学校の図書室にあった偉人の伝記も

片っ端からすべて読破した記憶があります。

(それが後の歴史好き・旅好きにつながっているのかも・・・)

今にして思えば、ただ外で友だちと遊ぶのが面倒だったことや、

何か夢中になってのめりこめる世界が欲しかったことが

私を本の世界に誘ったのだと思います。


少女漫画やテレビアニメの世界に浸り始めたのは、小学校高学年くらいからです。

理由はいまだにわかりませんが、とにかく衝撃的な作品との出会いが

あったのは確かです。

それから私の精神年齢は殆ど変わらず、また「音楽」の欄でも語ったように

一度ハマるとなかなか抜けない、しつこい性格(笑)も災いし、

普通のオトナならとっくに「卒業」するところですが、

いまだに昔日の夢を追いかけている今日この頃です。


とは言え、いわゆる「今」の漫画やアニメにはまったくついていけず・・・。

自分の思春期から、せいぜい一昔前に流行った作品が私のミーハー対象です。

数多くの作品から、自分に影響を与えたと思われるいくつかの作品を挙げ、

それにまつわる私の恥ずかしい過去を語りたいと思います。


「ベルサイユのばら」

なんと言っても、私の半生を方向づけた(!)とてつもない名作です。

台詞の一語一句を暗記していた中学生時代を懐かしく思い出します。

アニメの放送日は塾を早退し、走って帰宅していました。

フランス革命について、調べまくった日々・・・。

その後も好きが高じて大学では西洋史を専攻し、更には高校の世界史教員に

なってしまったという、あまりにもステレオタイプのミーハー人生です。

自分の資質に限界を感じリタイアした今でも、歴史はやはり大好きだし、

これからも世界史好きの若者が増えてほしいと願っています。

そんな自分の素地を作ってくれたのがこの作品だと信じて疑いません。


自分の家も過去の名誉もすべて捨てて、愛と革命に生きるオスカル様と

それを見守るアンドレの崇高な魂の姿、歴史の歯車に翻弄される善良で

無能な国王と王妃とその愛人の人間らしい葛藤・・・。

今読み返しても、これほど深い人間ドラマが、驚くほどシンプルに情熱的に

まとめられていて、これが二十代の女性の描いた作品であることに

ただただ感嘆せざるをえません。

好きなキャラクターについてはまた、のちほど。


「宇宙戦艦ヤマト」

ベルばらよりも先にのめりこんだのがこの作品です。

テレビ本放映期は小学生低学年でしたが、その頃は見ていませんでした。

毎年夏休みの午前中に再放送していたと思うのですが、小学校高学年から

中学生期に一気に夢中になったと記憶しています。

宇宙ものにハマリ、当時は真剣に学者になりたくて天文部に入ったりしましたが

進んだ高校に物理と地学の授業がなかったことと、何よりも理系の頭脳では

なかったことが、後の運命を分けてしまいました(笑)

今考えてみると、あの壮大なストーリーも勿論ですが、

やはり「戦艦大和」という懐古的な設定に歴史好きの虫が騒いだのかもしれず、

また前述の通り何よりその音楽に惹かれたのかもしれません。


シリーズは長く続きましたが、やはり私は「さらば宇宙戦艦ヤマト」までの

ファンだったと今でも思っています。

古代くーん!!


「機動戦士ガンダム」

これについて語ると長くなりそうですが・・・。

この作品との出会いのおかげで、「同人誌」「コミケ」という世界を知りました。

今の同人誌業界(?)はとてつもない巨大マーケットですが、

当時はまだまだネクラ(・・・)な裏文化(当時はサブカルチャーという用語も

浸透していませんでした)で、何が悲しくて授業中に原稿書いてたんだろうと

思う高校時代でした。

今の若者のように堂々とではありませんが、コミケでコスプレもしてました。

ああ、本当に恥ずかしい。

まさに「若さゆえの過ち」です。


今、同年代のオジサマたちが職場で「いや~、ジオン軍のモビルスーツがさ」などと

無邪気に話題にしているのを小耳にはさみ、「いやそれはザクじゃなくてドムだよ」などと

そのネタの細かな間違いを心の中でつっこみつつ平然と仕事を続ける、

まったくイヤミなオバサンとなってしまっているかつてのオタクの私です。


もちろん、私にとって「ガンダム」とはいわゆる「一年戦争」のそれだけ。

個人的な見解なので、こればかりは譲りようもありません。


「はみだしっ子」

またまた少女漫画に戻ります。

これは、前三者のように熱狂的にのめりこんだというわけではありません。

むしろ、暗く深くその作品世界に沈みこんだというか・・・。

特に、作品後半「つれて行って」の、闇への階段を転がり落ちるような展開は

今読み返しても心をえぐられます。

これを、グレアム(登場人物)と同じほど青く未熟だった中学~高校生時代に

読んだ時の衝撃といったら。

(グレアムについてはまた別に語りたいと思います)


この作品を世に生み出した三原順先生がお亡くなりになったのは、

1995年3月。私が仕事で忙しくしていた時期でした。

自分の好きな漫画について思い出している時間もない頃だったので、

長らくそのことを知らないままでした。

近年、ご逝去の事実を知り、今さらながらに残念な思いでいっぱいです。

終わった作品について聞くのは無粋と知りつつ、

どうしてもあの4人のその後を知りたかった。

どのような思いで先生があのラストを選んだのか、

今ではもうそれを知ることは叶わなくなりました。


知らずにいる方が幸せなこともあるとは思いますが・・・。



その他、かつて夢中になった漫画の中でぜひ挙げたいのは

「BANANA FISH」、「日出処の天子」、「T・E・ロレンス」、

「ポーの一族」、「動物のお医者さん」、「SWAN -白鳥-」、

「やじきた学園道中記」、「BUD BOY」(市東亮子作品のこの二作は

今でも不定期で番外編が続いています)などがあります。

前三者は「孤独で美しい超絶天才ヒーローが周囲の無理解に葛藤しつつ

苛酷な運命に立ち向かい、次第に魂の安らぎを得ようとする」という

共通点がありますね。(結末には大いなる違いがありますが・・・)

どんだけ英雄記好きなんだ、自分(笑)


いずれにしても、少年漫画ではなく少女漫画限定であることが

私の漫画に対する偏愛志向をあらわしています。

好きなアニメも、宇宙もの・戦闘もの・ロボットものではあるものの、

ストーリーやキャラ設定が女性に受ける内容であることには

違いないと思っています。


それぞれの作品の魅力については、私の筆力では到底書けないし

どれも超メジャー作品なので、既にいろんな場所で語りつくされて

いるでしょうから、以下同文ということで割愛します。


次は、「漫画などで好きなキャラクターとその理由」について語ります。

復活宣言も結局口先だけで、またまた3か月も間が空いてしまいました。

我ながら情けない限りです・・・。


一応、近況報告を。

6月に受けた簿記二級は無事合格しました。

7月から、市内の公的施設で一般事務の仕事(臨時職員)を始めました。

たいしたお金にはなりませんが、何もせず家に引きこもっているよりは

マシだろうと、目下社会復帰への足がかりとして頑張っているところです。

ただ、再び平日日中は家で一人お留守番となっている愛犬・モエちゃんの

寂しそうな眼差しが気の毒でなりません・・・。

家族と一緒に暮らしていればよかったと思うこの頃です。


シルバーウィークも、お金も出かける意欲もないまま終わってしまいました。

一年前私の心をあれほど癒してくれた沖縄にもう一度行ってみたかったのですが

思い立つのが遅く、飛行機のチケットが取れませんでした。

まあ、今行ったところで、いまだ完全に社会復帰できているわけでもないので

またまた「ダメな自分」を自覚するだけの旅になってしまっていたでしょう。

前回沖縄から戻る時、次にこの地に立つ時はすっかり「大丈夫になった自分」として

自信を取り戻しておきたい・・・と思っていたので、とりあえずはまだその次元に

達していないということにして、今回は諦めました。


「私の好きなもの」の更新も滞ったままでした。

前回の記事があまりにも中途半端だったことも気になっています。

またぼちぼちと、続けていければいいなと思っています。

自分らしく、亀の歩みのようなのろまさで。

どの分野についてもそんなに詳しいわけではないけれど、

しつこいというかこだわりは強い方なので

昔から好きなものはあまり変わっていません。


音楽については、子どもの頃から何故だか変拍子・不協和音・転調好き。

でもうるさすぎるのは苦手。華麗すぎるのもちょっと・・・。

モーツァルトよりはシューベルト。ベートーヴェンよりはバッハ。

これまで夢中になりいまだに心ひかれる音楽について、

いくつか紹介させていただきます。

ただし、誰でもいくらかはそういう傾向があるとは思いますが、

私の場合特にかなり好みが偏っていますのでご注意を・・・。


「宇宙戦艦ヤマト」

いまだにマイベスト・ミュージックなのが宮川泰さんの「宇宙戦艦ヤマト」。

メインテーマをはじめどの曲も名曲揃いだけど、初期は特に最高です。

「交響組曲・宇宙戦艦ヤマト」の序曲や「イスカンダル」、

「さらば宇宙戦艦ヤマト」に収められている「想人」・「アンドロメダ」などは

ストーリーから離れ独立した楽曲として聴いてもいまだにしびれます。

宮川氏の最大の魅力は主題のアレンジから広がる壮大な展開ですね。

まさしく大宇宙に向かって飛び立つイメージです。

氏の才能は息子さんの宮川彬良氏に受け継がれていると感じます。


「合唱曲」

学生時代に合唱をやっていて、宗教曲をかじっていた頃に出会った

Frank Martin作曲のダブルコーラスのミサ。

宗教曲とは思えないほどの不協和音・変拍子の嵐に

譜面をぐちゃぐちゃにしながら苦労して覚えたのを昨日のことのように

思い出します。

ミサというカテゴリーでいえば賛否両論あるのは否めない楽曲ですが

不安と焦燥を散々煽った挙句に訪れるひとときの美しい調べに、

現実の世には決してない安息を教会の音楽に求めた民衆の思いを

感じることのできる異色の合唱曲です。


「オフコース」

またまたジャンルはがらっと変わりますが(笑)、いまだに車の中で

聴くことの多い曲が5人時代のオフコースの楽曲です。

小田さんは今でも説明不要なほど大活躍していらっしゃいますが、

私が好きなのはあくまで「鈴木さんと一緒にやっていた頃の小田さん」と

「小田さんと一緒にやっていた頃の鈴木さん」の二人です。

懐古主義と言われればそれまでなのですが、

今聴いても二人の音楽性の絶妙なバランスは圧倒的なものがあると

感じています。「夏の終り」のコーラスセンスなんて、今聴いても最高。

一人ひとりでももちろん素晴らしいミュージシャンですが、

二人が揃うと1+1以上の力が出るという典型的な例だと思います。


車の中では鈴木さんが脱退する直前の三枚のアルバム

「We are」「over」「I LOVE YOU」を聴くことが多いのですが、

家の中では初期のアルバム曲を聴くことも多いです。

「倖せなんて」「雨の降る日に」「ピロートーク」などなど

隠れた名曲が多く、湿気の多い静かな夜に聴くのに適しています。


鈴木さんが独立して、既に四半世紀以上(!)の時が流れました。

今それぞれの道をしっかりと歩んでいる二人はとても素敵ですが、

いつか小田さんと鈴木さんがもう一度一緒に音を奏でることが

あるならば、どこにいても駆けつけたいと願う未練がましいファンです。


「ミュージカル」

オフコースが解散した後、ぽっかりと空いた私のミーハー追っかけ心を

埋めてくれたのが、あるミュージカルとの出会いでした。

それはまた次の作品との出会いを誘い、またさらに次の作品へと・・・。

数々の名作の中でも、音楽的にひかれたのはやはり

「オペラ座の怪人」、「レ・ミゼラブル」、「エリザベート」、「モーツァルト!」の

四作品です。

前二者はミュージカルの王道的な感動の大曲揃いですが、

後者は主要キャストが歌うテーマ曲よりむしろオーケストラやアンサンブルによる

変拍子・不協和音・転調の嵐にひかれたといっても過言ではありません。

これこそ、私の音楽的偏愛の真骨頂なのです。

「エリザベート」は特に、幕開けの弦の第一音から心が震えましたね(笑)

これを作曲したシルヴェスター・リーヴァイ氏はハンガリー出身の作曲家で、

東欧の退廃的な民俗音楽の特徴をうまく盛り込んでいると感じます。


ここに挙げた作品・ジャンルの詳しい説明は無数にある評論やブログに任せます。

私はただ、自分の好きなものとその理由を書き連ねているだけです・・・。

次は、私の好きな漫画・アニメを紹介したいと思います。

これがまたおもいきり偏愛なのです。

最後の記事から10か月。気持ち的には一年以上経ちました。

我ながら怖ろしいほどの怠慢ですが、決してこのブログのことを

忘れていたわけではありません。

ただ、気持ちの余裕がなかっただけで・・・。


昨年8月から約二ヶ月、自宅近くの大学の司書講習に通い

なんとか司書の資格を得ました。

それからすぐに今度は隣市の職業訓練校に通い、

今年3月までかかってパソコンのエクセル・ワード検定2級と

日商簿記検定3級を取得して無事修了しました。


なんだか資格ゲッターになることで現実の厳しさから逃避していた感も

否めないのですが、自分なりには「頑張った」つもりです。

4月からはまた自宅ひきこもり生活に戻り今に至りますが、

この日曜日に行われた日商簿記検定の2級を受けてきました。

結果は来週までわかりませんが、自分としては全力を尽くしたつもりです。


世の中は怖ろしいほどのペースで不況が進み、やる気も自信もない私には

社会復帰できる機会も勇気もなく・・・

ハローワークにも数度足を運んだのみで、まだまだしり込みしています。

それでも、目標としていた簿記の検定を終えた今、そろそろ「何か」始めなければ。

その一歩としてブログを再開することにしました。

本当は旅行にも行きたいけれど、その前にまず外出できるようにならなければ

ならないと痛感しています。

(この10か月、学校と自宅の往復を除くとすっかり本格的なひきこもりと

化してしまい、外に出るのがある意味怖くなっているので)

愛犬の散歩さえも滞りがちになっている情けない毎日ですが、

自分の「好きなもの」を語ることで少しずつ外向きの顔を取り戻せればと考えています。


とりあえず、よろしくお願いします。