土曜日の朝。
浅草の空は、どんより曇っている。
風が寒い。
ついこの前まで「暑い暑い」と言っていたのに、今度は薄手のセーターを探しているのだから、人間というのは勝手な生き物である。
さて、私は今でも転職サイトに登録してほってある。
すると、今も毎日のようにスカウトメールが届く。
その8割ぐらいはIT系やコンサルティング会社からだ。
長年、金融系システムやコンサルティングの仕事をしてきた職務経歴が、どうやら今でも検索に引っかかるらしい。
残りの2割は少し面白い。
私は第二種電気工事士の資格も持っているし、普通自動車二種免許も持っているので、設備管理系や電気関係、それからタクシー会社などから連絡が来るのである。
なかなか人生というのは、一つでは終わらない。
もっとも、最近のスカウトというのは、昔とはずいぶん違う。
昔は電話だった。
「ぜひお会いしたい」
という、熱量のある声が受話器の向こうにあった。
今は違う。
コンピューターが職務経歴書を読み、条件に合えば自動的にメールが飛んでくる。
つまり、私は人間から求められているというより、アルゴリズムに引っかかっているのである。
時代だなあと思う。
もちろん、経歴だけ見れば悪くないのだ。
金融、IT、コンサルティング、海外案件。
それなりに修羅場も見てきた。
けれど、最後は年齢である。
これが日本だ。
「経験豊富ですね」
と褒められながら、
「今回は見送らせていただきます」
になる。
特にIT会社などの会社はてきめんだ。
要するに、“ちょっと年を取りすぎている”のだ。
それに反して、タクシーとか電気工事などは別らしい是非~となるのは想像できるし、まわりをみてもタクシーの運転手は中高年が幅を利かせている。
日本という国は、年齢というものに妙に厳しい。
欧米のように、「働ける人は働けばいいじゃないか」という空気とは違う。
ちゃんと線を引く。
60歳。65歳。70歳 80歳・・・・
その数字の前では、人は急に“過去の人”になる。
もっとも、最近の私はあまり焦っていない。
生活に困っているわけでもないし、監査や審査の仕事も始めた。
スケジュールも自分で決められる。
若い頃のように、胃を痛くしながら満員電車に揺られる必要もない。
そうなると、人間は妙に哲学的になる。
「人生100年時代」
などと言われると、67歳なんてまだ途中ではないか、と思ったりする。
あと30年もある。
30年。
若い頃なら気が遠くなる長さだ。
その時間を、これから何に使うのか。
そこを考える年齢になった。
もちろん、少し悔いもある。
この数年、思うように音楽活動ができなくなった。
それが、どこか心に引っかかっている。
小さなライブハウスでもカフェでもいい。
気の合う人たちが集まって聴き、ぽつぽつ歌う。
そういう場所があったらいいなと思う。
実現させるとイメージをしている。
そういえば俺たちの旅の俳優陣、各地でコンサート満席らしい。
昔のスターたちのコンサートが満席になるのも分かる。
歌が上手いとか、そういうことではないのだ。
同じ時代を生きた人間同士が、同じ空気を吸いたいのである。
それはもう、“芸”というより、“人生”なのだと思う。
最近、よく考える。
人は何のために生きるのだろう、と。
若い頃は考えもしなかった。
ただ前に進むだけだった。
でも、歳を重ねると宗教家や哲学者がなぜ「人生」を語り始めたのか、
少し分かる気がする。
結局、人は最後、
「自分は何者だったのか」
を知りたくなるのかもしれない。




