皆さん、こんにちは。
五月五日、子供の日。

空は見事な快晴でした。
春を少し残しながらも、
空気には初夏の気配があり、
風は爽やかで、
どこか心まで軽くなるような一日でした。
私はその朝も、
いつものように発声練習をしていました。

武満徹の『小さな空』、
『なごり雪』、
チューリップの『心の旅』、
玉置浩二さんの『メロディ』。
さらには、
『雪國』『兄弟仁義』といった演歌まで。
こうして並べると、
実に幅広い。
ポップス、
演歌、
ミュージカル――
それぞれに求められる喉の使い方は異なり、
歌うたびに、
声というものの奥深さを改めて感じます。
若い頃には当たり前に出ていた声も、
年齢とともに変化する。

だからこそ、
どうすれば今の身体で、
より自然に、
より美しく歌えるのか。
それを探ること自体が、
一つの生きがいにもなっています。
歌いながら、
人生について考えることもあります。

最近は、
同世代の訃報に触れることも増えました。
すると自然、
自分の人生の残り時間や、
晩年をどう生きるべきかという問いが、
以前より現実味を持って迫ってきます。
一瞬を大切に。
そう思っても、
実際に日々を充実させることは、
なかなか簡単ではありません。
学ぶこと。
美味しいものを食べること。
歌うこと。
眠ること。
その一つひとつが、
今の私にとって大切な営みです。
さて、
ゴールデンウィーク前半には、
上野で海鮮食べ放題にも出かけました。
二千円という驚きの価格。
若者たちで賑わう広い店内で、
鰹のたたき、
ミル貝、
焼き鳥、
サイコロステーキ丼などを楽しみました。
時代のエネルギーに囲まれながら食事をするのも、
なかなか悪くありません。
そして、
江戸東京博物館。
改装後の再訪でした。
人の多さには驚きましたが、
改めて江戸という時代の完成度――
政治、
文化、
都市整備、
水道設備に至るまで、
日本人の組織力と生活設計の細やかさを感じさせられました。
さらに、
Amazonプライムで『ストーブリーグ』を視聴。
万年最下位球団の再建を描く物語に、
組織論や人生の再生を見る思いでした。
こうして振り返ると、
現代は実に多彩な楽しみ方のできる時代です。
そして――
このゴールデンウィークで、
私にとって最も大きな変化は、
やはり目の手術後の経過でした。
これが、
想像以上に順調なのです。
右目。

手術後、
まるで自分本来の目であるかのように自然です。
スマホを見る距離、
およそ30センチ。
Yahoo!の文字も、
普通に読めます。
10センチほどまで近づければ、
さすがに少しぼやけますが、
30〜40センチの距離であれば、
非常にクリア。
つまり、
日常生活において、
かなり理想的な焦点距離です。
左目は、
多少老眼があるため、
50〜60センチほどが得意距離。
ところが、
両眼で見ると、
これが絶妙に補い合ってくれる。
結果として、
非常に自然な視界になるのです。
車にたとえるなら、
固定ギアではなく、
可変ギア。
あるいは、
ロータリーエンジン。

滑らかで、
柔軟で、
実に優秀。
そんな印象です。
もちろん、
多少のハレーション――
明るい光が少し広がって見える現象はあります。
夜間、
強い照明を見ると、
少しにじむ。
しかし、
以前の極端な近視状態を思えば、
その程度は問題になりません。
むしろ、
世界が本来の姿で見えることの感動の方が大きい。
白は白く。
赤は赤く。
黄色は黄色い。
以前は少し黄ばんで見えていた世界が、
今では鮮やかさを取り戻している。
これは、
本当に大きな変化です。
長年、
知らず知らずのうちに曇ったフィルター越しに見ていた景色が、
突然クリアになる。
その驚きは、
なかなか言葉では言い尽くせません。
もともと右目には、
網膜静脈分枝閉塞症という既往もあり、
左右差がありました。
右目では、
物がやや大きく見えることもあった。
しかし現在は、
その違和感もかなり減少。
日常生活では、
ほとんど気にならないレベルです。
医学の進歩とは、
本当にありがたいものです。
眼内レンズも、
年々進化しているのでしょう。
昔なら、
加齢や視力低下は
「仕方がない」で終わっていた。

しかし今は、
改善できる。
取り戻せる。
しかも、
かなり自然な形で。
これは、
人生そのものの質を大きく変える技術だと感じます。
老いとは、
失うことばかりではない。
技術の力を借りながら、
より快適に、
より鮮やかに生きることもできる。
そう思うと、
未来は決して暗くありません。
五月五日、
子供の日から続く日々。

歌い、
学び、
食べ、
歴史に触れ、
新しい目で世界を見る。
そんなゴールデンウィークを過ごせることに、
小さな感謝を覚えながら、
また次の季節へ進んでいこう!