連載で書いている。

木曜日にお会いした作曲家の山谷さんとの

久しぶりの歓談の続きである。

 

ランチの場所から合羽橋通りへ場所を移した。

デザインの会社が経営している粋なカフェ。

 



機材へのこだわりから始まったプラネタリウムの話題は、

会話に新たな熱を帯びさせた。

 

葛飾のプラネタリウムで歌ったという感動的な体験の記憶は、

今も鮮やかだ。天球にリアルな地球が映し出され、

ほぼ90%、私の歌(作曲は山谷さん)

をモチーフに組まれたプラネタリウムでのコンサート。

「百億の星、千億の愛」これだけは別の作曲家で

他のほとんどは山谷さんだ。

 

「美しの国」「いのちのシンフォニー」「慈しみのアリア」・・・

 

6チャンネルのサラウンド音響、自らの生歌、劇団のメンバーも一緒に

歌う、そして音楽劇だ。

 

そしてドームいっぱいに広がる星々の運行が完璧にシンクロし、

ギリシャ神話をテーマにした一つの壮大な作品を創り上げた、

忘れられない一夜だった。

 

 

話は転ずるけれど、

 

それに比べれば、買ってすぐに手放したという家庭用のおもちゃの

プラネタリウムなど、まさに月とすっぽんだ。


本物のプラネタリウムが描き出す星空の深遠さはすばらしい。

また、それも投影機の性能に大きく左右される。

 

 

個人開発者の情熱が生んだ「メガスター」が映し出す、

天文学的な数の星々が織りなす宇宙の圧倒的な広大さ。

それもまた魅力。

一方で、業界を牽引してきた「五藤光学」の投影機が見せる、星一つ一つの繊細なまたたきや、恒星が本来持つ青白い光といった、詩情豊かなアナログの表現力もまた、

捨てがたいのだ、

そんなこだわり抜いた星空の下でなら、

 

一体どんな体験が可能だろうか。

 

今のプラネタリウムに決定的に欠けているのは、風や匂いといった、

五感を刺激する「リアリズム」ではないか。

例えば、鬱蒼とした森林の香りが漂う中で、

満点の星空を見上げることができたなら。

 

その究極の形こそが、「体験型プラネタリウムレストラン」だ。

こだわり抜いた星空の下で、美しい音楽に耳を傾けながら、

特別なディナーを味わう。

 

こんなイメージ↓

 

 

スクリーンに映し出されるオーロラの映像に合わせて、メニューや空間の照明が変化する。そんな唯一無二の空間をお台場あたりに作れば、

きっと多くの人々を魅了するに違いない。

そして、星空という「天」の夢から、会話は今いる「地」

浅草の文化復興へと繋がっていく。

 

もう一つの大きな夢、それは「浅草オペラ」の復活だ。

 

ヨーロッパのオペラを日本の大衆向けに大胆にアレンジしたそれは、

日本のミュージカルの源流ともいえる、

 

母が存命のとき、名古屋にいったら必ず

浅草オペラを発祥として、

何故か名古屋で復活していた大須で活動するスーパー一座へ

でむいたものだ。

 

一時この劇団に入りたくて東京からアプローチしたことが

あったが、やはり練習するのに難があるということで

叶わなかった。

 

 

浅草が誇るべき文化遺産で

そのレトロな雰囲気と人情味あふれる物語は、

現代の浅草という街にこそ、見事に調和するはずだ。

 

小劇場で、若者たちの手によって、新しい命を吹き込むのだ。

 



プラネタリウムレストランも、

浅草オペラの復活も

決して一人では実現できない壮大な夢だ。

 

緻密な企画を立て、志を同じくする仲間を集め

その情熱を理解してくれるスポンサーを探さなければならない。

クラウドファンディングで共感の輪を広げるのもいいだろう。

やるべきことは山積みだ。

 

しかし、その未来を想像するだけで、胸は高鳴り、

尽きることのないエネルギーが湧き上がってくるのだった。

 

会話は尽きることなく続いていった。