日曜日の午後、浅草=>人形町へ、

まずは浜口陽三の美術館へその後、台東区の朝倉彫塑館へ

行って来ました。

 

東京マラソンで都内は道路があちこちで規制があって

特に幹線道路を横断する時は、地下鉄のりば出口を利用して

むこうに渡るといったかたちのところ2か所もありました。

 

浅草線で人形町で降りて出ると、水天宮が近く

数十年とまるで境内が変わって近代的になっておりました。

人形町は明治座などにも近くて

何度か明治座に昔~観劇にいき、

このあたりはおしゃれな飲食店が多いところでそれは

今も変わっておりませんでした。

 

見て行こうと水天宮へも。

犬の日とあって多くの人が来りだしておりました。

 

続いて、「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」へ

 

 

 

浜口陽三は、1909年にヤマサ醤油株式会社の先々代の社長

濱口儀兵衛の三男として和歌山県に生まれた芸術家です。

 

カラーメゾチントという独特の銅版画技法を開拓した方、

銅版画の一種であるメゾチントは階調表現にすぐれていて

銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写

するのもだそそうです。

 

 

作品は撮影できませんので、

参考のWEBを参照ください。

 

今は

「柔らかな光と闇 ~

浜口陽三とフランス文学者、柏倉康夫氏との対談より~」

といった展示がなされておりました。

 

 

1FとB1Fに展示がされておりました。

果物をテーマにしたものが多かったように思います。

全体的には暗い絵柄が多数でそのなかに青や赤の果物や

野菜などが投影されているそんな銅板印刷のものです。

 

浜口陽三の美術を堪能してから、

今度は日暮里へ向かいました。

目指すは

「朝倉彫塑館」です。

 

 

明治 - 昭和の彫刻・彫塑家であった朝倉文夫のアトリエ兼住居を

改装した美術館で立派な4F建ての建物です。

1Fがアトリエですが大きな板の広間でした。

沢山の像が置かれていました。


朝倉 文夫(1883年(明治16年) - 1964年(昭和39年))は、

明治から昭和の彫刻家(彫塑家)で、

号は紅塐(こうそ)。「東洋のロダン」と呼ばれたそうです。

 

ダイジェストを見ていただければわかりますが

 

 

展示物は撮影禁止がほとんですので、WEBなどで検索してみてください。

何故かいっぱいあります。

 

 

朝倉氏は猫が大好きだったそうです。

 

 

屋上には庭園も・・・

 

迫力あるたっちの像が多く、家も本当に広くて

中庭の池や配置された岩などとてもアイデア豊富な芸術で

あったことが伺われました。

 

朝倉彫塑館の観覧を終えて

少し歩けば、以前田端に住んでいたときによく来た

谷中銀座です、なつかしく歩きながら西日暮里駅へ・・

 

 

バスで浅草の帰途へ。

新仲見世、すしや通りではイベントをやっていました。

ニンジャイエロー!ショウだとかで

なんだか、今日の文化的な観覧がこのショウの数分間の

印象ですっとびそうでした。

 

 

参考: