故郷は名古屋だけど、
第二の故郷は埼玉の幸手市だといっていい。
今は所用で熱海と浅草をいったりきたりだけれど
浅草が第3の故郷になるか、終の住処になるか。
僕の人生 とにかく引っ越しが多くて10回以上だと思う。
その中で 幸手は24年ほど住んで、
時はバブル期全盛の頃に勤務先の築地から約48キロはあるだろうか。
草加のアパートに住んでいたのだけれど
当時 若い僕にはローンをしてでも買えるところは
草加近辺にはなかった。
だから 北へ北へと それでも夢の一戸建て。
最寄りの駅は東武日光線幸手駅で、
知らない時は「こうで」と読むのかなと思っていたら、
さって、だった。
今も 春には桜の幸手は当時から健在で、生活にも全く問題のない
街だったし 夏祭りもあって 幸手の宿を満喫した。
ふるさとに 入りて まず心痛むかな
道広くなり 橋もあたらし
この幸手もこの数年、駅舎ががらりと変わって新しくなっていた。
昔の面影はホームぐらいで、
外面は全部近代的になって東口しかなかったところ西口もできていた。
写真はビフォアーアフター。
金田一耕助が出てきそうな昔の駅舎の方が
趣きがあっていいとも思うけど、
やっぱり時代には逆らえないのだと思う。
「 ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都の ゆふぐれに
ふるさとおもひ 涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこに かへらばや
遠きみやこに かへらばや 」


