インターネット世界は 公平で民主的で
健全な世界になるかと思っていたが
昨今 随分 様相が変わってきている。
一歩方向の意見や思想誘導が
既存メディアと 同じようになってきている。
それも 大手メディアというよりも 個人かどうかも
全く不明であったり、なりすましなど全く分からないのが
ネット世界だ。
使用する我われが 選ぶことはできるが
SNSというキーワードが 街中にあふれかえり
猫も杓子も SNS。 と来ている。
SNS は 端的に言えば
ネットを利用した動画や写真を含めた巨大な文言網であるが、
顔の見えない情報、顔のみえない言葉があふれかえり、
多数個人にかかわらず
人心を惑わす根源にもなっている。
高齢の方、およそ2021年現在の65歳以上ぐらいであろうか
昭和30年生まれよりも前のネットに不慣れな世代が
未だ参加しない状況の中で そんな状態に世界はなってきている。
ある面で その方が幸せなのかもしれないと
最近思うようになっている。
虚偽か本当か わからない報道や話の氾濫に
ネットが 満ち溢れてきた からだ。
僕が PHPから出版した「独習インターネット早わかり」という本は
1997年頃だったかと思うけれど。
まだ 一部 エンジニアが席巻していた時代で
民衆のネット夜明け前の頃で、前人未到の
先々の夢と希望が溢れたころであった。
たった 20年で インターネットは世界中で利用活用の時代になった。
今や、情報洪水の中 取捨選択して 情報に触れることも
疲れてきたのではないか。
そんなことに時間を 割くならば
旅をしたり 料理をしたり、
絵をかいたり 音楽をしたり、田畑を耕したり、
犬と戯れたり 家族とのふれあったり・・・
自然を観察したり 植物を育てたり・・
海をみたり 本を書いたり、読んだり、
はたまた掃除をしたり・・・
その方が よほど 人間らしいというか
生きている 充実感を味わえるように感じる。
情報洪水の 世界から 離れて暮らしても
一生は一生だし 24時間は どんなに科学が進んでも 皆同じ。
最低限 天気や大きな災害などのニュースや
暮らしてゆく最低限の情報で 生きていけるはずなのだ。
人類は電話や電信、無線の発明で進歩してきたが
コミュニケーションツールとしてのインターネットに限っては
活用が 個人であることのでの弊害と利益が表裏一体である。
完全に 規制のない自由だけに
良心とか 良識 に すべてが 委ねなれている。
人心誘導のようなや ニュースのねつ造 や 虚偽や 真実、
すべて 混在している。
そして 受け取る側
受信者の 判断に 委ねられている。
ネット世界からの距離感。
忘れていたが レガシーなメディアからも
距離感をとる 時代になりつつある。
