落葉松   軽井沢に連輪とたつ森林の木々の間に

降る雨 そしてとりまく自然 と 自身の心への描写を絵のように

感じさせてくれるうた。 素敵な詩だと感じました。


 落葉松の 秋の雨に
 わたしの 手が濡れる

 落葉松の 夜の雨に
 わたしの 心が濡れる

 落葉松の 陽のある雨に
 わたしの 思い出が濡れる

 落葉松の 小鳥の雨に
 わたしの 乾いた眼が濡れる

 

全4曲の合唱曲集として1976年~80年かけて小林秀雄氏によって

作曲され、この歌の作詞は 野上彰氏。

落葉松 は 最終曲の1つで ソロで歌われこともとても多い歌曲です。

 

歌の抑揚は 中音から立ち上がる高音域へ昇華の仕方が

歌い手によってそれぞれ違い、

声楽専攻の人たちにとってはおそらくは簡単に歌えてしまう。

しかし歌い込むと容易でないことに気が付くのではと思います。

何度歌っても そう思います。 

単にいい声ね というわけにはいかない、

自分で感じたものを 表現できているか 詩を表現できているか・・

読みなおす、歌いなおす そんな 歌でした。

こういう歌は 出来ればスマホでなく大きなスピーカーで

聴いてほしい歌の1つでもあります~。

 

それでは まずは テノールで歌った

VERSIONをお届けします。

風雪の中を生き抜いて存在する 落葉松と 

人生の中の自分を対比し救いを求める

そんな 気がしました。

 

 

イタリアの歌曲などは 楽譜通りに歌ってしまえば それなりに

聴こえてしまいますし、ミュージカル曲やオペラアリアは 

ストーリーが既にあるので表現はしやすい 感情移入、

こういった詩を ベースとした日本歌曲は 日本人の機微、四季が

生、心とつながっていて歌詞に 密封されているので 

開けては 眺め 自分に取り込む作業を繰り返すことが

必要になるのです。

 

 

何回も歌い日を置き また 歌うといったことをして

はじめて 解釈し 納得感がでてきます。

 

この歌は POPS風に歌えば そのようにも歌えるし、

声楽発声でと 思えばそれで歌える歌なので 

これは 歌曲でクラシックで 

これは声楽の歌だなと頭が固いと いろんな批評も 

できてしまうのです。 難しい歌の部類と 言えます。

 

上の テノールも アルトも 今回は

純粋なクラシックで歌いました。

 

それでは 次にアルト(中声)版での 

落葉松をどうぞ。

趣きが 変わって 落葉松が 優しく しっとりと

包んでくれます。

 

 

「落葉松」について、作曲者の小林秀雄は次のように言っています。

 1967年、わずか56歳で惜しまれつつ逝った詩人・野上彰氏が、

1947年秋、氏の最も愛した軽井沢で書かれたこの詩と、

私は1972年12月に出会った。激しい感動を覚え一気に作曲した。
 言葉のアクセントと主要メロディ線のモーション、

それに詩の各行の内容や比重の推移と音楽的な構成などがこれほど一致し、

また品格あるポピュラリティを備え得た本曲のような作品は、

私にとって一つの理想の具現である。

 曲は高原の霧雨の中からやってくる。
 やがて激しく心を揺さぶり、
 再び高原の秋の、雲霧の彼方へと去ってゆく。

 

女声合唱版は1981年(昭和56年)度全日本合唱コンクールにおいて

課題曲として採用され、1985年(昭和60年)度NHK全国学校音楽コンクール

高等学校部門においても課題曲として採用された。