人生における 趣味趣向の変化は

不思議なもの。

 

変わる。

 

いつまで一緒に。<モール>

 

僕は大学一年にながった頃 

インベーダーゲームが 楽しくて

喫茶店に並んで

ピコピコ 100円握りしめて

やっていた世代だ。

当時は どこにでもこのゲームがあった。

 

時間の大切さは 後半へ行けば行くほど

誰もが 貴重に思えてくるようで、

パソコンゲームをしたり

街の ゲームセンターとかでも

まあ 30代頃か40代半ばぐらいまでは

興じて楽しく思えていたものが

今や 全く バカバカしく思えて興じることができない。

もったいないよね その時間に何かできると思っちゃう。

 

映画もドラマもミュージカルも好きだけど

それおいても 選んでみるようになって

最初に掴みにないものや 

最初から くだらないなあと分かるものは

数秒で 違うものをみるようになる。

 

もしかしたら 孫などができれば再度

別の意味で 一緒に興じることになろうけれど

目的が違うからできるのだろう。

 

海や山へ出かけて 自然の中で

心の交流をしたり

自然の営みの中の発見をしたりした方が

よほど 人らしいと思うのだ。

 

鯉<忍野八海>

 

ゲーム一つにしても 

昭和40~せいぜい60年はじめぐらいは、

将棋やトランプなどの ボードゲームで

家族や友人と 楽しんだものだが

そういう スキンシップや 心のふれあい、

笑顔や 会話の楽しみの中で 友情などが

培われていたように思う。

 

これも歴史の流れと言ってしまえば おしまいだが

時代は さらに加速しようとしている。

 

コロナのおかげでテレワークや

最近しきりに オンライン授業とか言い出していて

動画をみながら の 生活になりつつある。

 

モウ<北海道>

 

オンライン授業などは

すでに 東進ハイスクールなどが数十年前から

衛生テレビでやっていたかな。

今は 誰もが ネットで 授業。

 

今は まだまだ 音質などが悪いけれど 5G時代になれば

テレビと同じような画質とクリアな声でやりとりできますから

より 身近なものになるでしょうね。

 

 

それでも 人と人の 直の息ずかいが遠のき

ウイルス防御のため 家で暮らし、

いっしょに 山登りも キャンプもできない時代が

到来しないようにはしてほしい

バランスをとって すすんでほしいものだ。

 

雷門提灯裏(現在) 左:金龍 真ん中:大提灯 右:天龍