「海ゆかば」

 

明日イオン佐野新都市さんでフリーライブなんだけど、

8月はなんといっても終戦の日=平和への礎の日。

 

この間、「海ゆかば」流れてて、曲は知っていたけどいい

メロディだなあ思いつつも歌ったことはなかった。
万葉集の大友家持の長歌から採られている。


鎮魂歌として自衛隊でもよく演奏されることが多いと聞く。 

とてもシンプルな詞で、日本人の感性に響くメロディは

すばらしいと思う。

 

歌詞に大君=天皇陛下が出てくるが 

家持は側近であったのが伺える。

現代は 天皇に お仕えするいうのは なじまないので、

大愛とか 活かされている命 とでも 考えてもいいだろう。

 

途中トランペット間奏のアレンジが 多いのですが,

僕はバイオリンソロ を 吹き込んでみた。

 

すると 断然、優しさが前面に出てくる。

 

 

大本営発表や出征兵士を送る際に使われた一方で、この歌は

戦没者の 遺骨を迎える際にも使われた経緯から、
「軍歌」と認識する者 と 「鎮魂歌」と認識する者に分かれているが、
関東学院大学文学部教授の富岡幸一郎も「『海行かば』や
本居宣長の和歌など、伝統的な文芸が戦意高揚に使われたことはあるが、

本来は軍国主義と無関係」 と述べている。
 

カラオケ音源を作っている時に 

海軍?五省(ごせい)というのを発見。


調べてみると、 旧大日本帝国海軍の士官学校である
海軍兵学校 (現在は海上自衛隊幹部候補生学校)において
用いられた五つの訓戒。 

 

生きていく誓いだった。

こんな風に生きていくのはなかなか難しいが、

毎日モットーにしていれば すばらしい人格者になれるだろう。

 

一、至誠しせいに悖もとる勿なかりしか
真心に反する点はなかったか


一、言行げんこうに恥はづる勿なかりしか
言動に恥ずかしい点はなかったか


一、氣力きりょくに缺かくる勿なかりしか
精神力は十分であったか


一、努力どりょくに憾うらみ勿なかりしか
十分に努力したか


一、不精ぶしょうに亘わたる勿なかりしか
最後まで十分に取り組んだか

 

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海ゆかばの 出典 万葉集より。

 

原歌より
陸奥国に金を出す 詔書を賀す歌一首、
并せて短歌(大伴家持) 現代語訳。

 

解説をどうぞ。(コンピュータに 読み上げさせています)

 

 

葦の生い茂る稔り豊かなこの国土を、天より降って統治された 
天照大神からの神様たる天皇の祖先が 
代々日の神の後継ぎとして 治めて来られた 
御代御代、隅々まで支配なされる 四方の国々においては 
山も川も大きく豊かであるので 貢ぎ物の宝は 
数えきれず言い尽くすこともできない 
そうではあるが 今上天皇(大王)が、人びとに呼びかけになられ、
善いご事業(大仏の建立)を始められ、
「黄金が十分にあれば良いが」と思し召され 
御心を悩ましておられた折、東の国の、陸奥の小田という所の山に 
黄金があると奏上があったので 御心のお曇りもお晴れになり 
天地の神々もこぞって良しとされ 皇祖神の御霊もお助け下さり 
遠い神代にあったと同じことを 
朕の御代にも顕して下さったのであるから 
我が治国は栄えるであろうと 神の御心のままに思し召されて 
多くの臣下の者らは付き従わせるがままに 
また老人も女子供もそれぞれの願いが満ち足りるように
 物をお恵みになられ 位をお上げになったので 
これはまた何とも尊いことであると拝し 
いよいよ益々晴れやかな思いに満たされる 
我ら大伴氏は 遠い祖先の神 その名は 大久米主という 
誉れを身に仕えしてきた役柄 

「海を行けば、水に漬かった屍となり、山を行けば、
草の生す屍となって、大君のお足元にこそ死のう。」


後ろを振り返ることはしない」と誓って、
ますらおの汚れないその名を、遥かな過去より
今現在にまで伝えて来た、そのような祖先の末裔であるぞ。

大伴と佐伯の氏は、祖先の立てた誓い、子
孫は祖先の名を絶やさず、大君にお仕えするものである 
と言い継いできた 誓言を持つ職掌の氏族であるぞ
 梓弓を手に掲げ持ち、剣太刀を腰に佩いて、
朝の守りにも夕の守りにも、大君の御門の守りには、
我らをおいて他に人は無いと さらに誓いも新たに 
心はますます奮い立つ 
大君の 栄えある詔を拝聴すれば たいそう尊くありがたい