「夢と西瓜」 詩:POE@TaRO
夢とは 誰でもみることができるが
夢とは 誰でもあきらめることもできる
手を伸ばしても 遠い存在でもあり
わずかな所で 届きそうでもある
しかし わからないのが 人生なのだ。
夏の海。
ギラギラとした 灼熱の太陽の下
熱せられた 砂を 両足の裏で指で ぐっと掴み歩く。
西瓜割り。
目隠しをし
「コチラ コチラ!」 と拍手と掛け声に
ヨタヨタと そちらの方へ歩けば
また 別から
「コチラ コチラ」 と声がする。
今度は よし! とばかり
やっぱり ふらふらと 向かえば
今度は 「アチラ アチラ!」とするのである。
強い意志をもち
一度もこん棒を 振り下ろさずにいて
ついには やれやれと 疲れ果ててしまい
お手上げとばかり ふ~っとため息をつく。
目隠しを取り去れば
足元に 西瓜が在るのである。
ああ
過ぎ去ってしまった 時の空しさと重さ
夕暮れの 砂浜に寄せ引く波の音に 佇み
拳を握り 幾度 天を仰ぐのだ。
なんという 優柔不断、
なんという 腑抜け なのだろうと。
夜の1点の光源に向かう虫よりも
彼方の空から 海行く魚を めがけ垂直降下する鳥よりも
ずっと 阿呆な 私である。
夢は 想像だけでは 今にならず
夢は 創造すれば 今になる。
西瓜割り。
割り 終わるまで 観ている人も 割る人も
その間が 楽しくもあり 悩ましくもあるが
西瓜は いつも 待っている。
アチラ コチラ ではなく
ただ ここに 在る のである。

夢とは 誰でもみることができるが
夢とは 誰でもあきらめることもできる
手を伸ばしても 遠い存在でもあり
わずかな所で 届きそうでもある
しかし わからないのが 人生なのだ。
夏の海。
ギラギラとした 灼熱の太陽の下
熱せられた 砂を 両足の裏で指で ぐっと掴み歩く。
西瓜割り。
目隠しをし
「コチラ コチラ!」 と拍手と掛け声に
ヨタヨタと そちらの方へ歩けば
また 別から
「コチラ コチラ」 と声がする。
今度は よし! とばかり
やっぱり ふらふらと 向かえば
今度は 「アチラ アチラ!」とするのである。
強い意志をもち
一度もこん棒を 振り下ろさずにいて
ついには やれやれと 疲れ果ててしまい
お手上げとばかり ふ~っとため息をつく。
目隠しを取り去れば
足元に 西瓜が在るのである。
ああ
過ぎ去ってしまった 時の空しさと重さ
夕暮れの 砂浜に寄せ引く波の音に 佇み
拳を握り 幾度 天を仰ぐのだ。
なんという 優柔不断、
なんという 腑抜け なのだろうと。
夜の1点の光源に向かう虫よりも
彼方の空から 海行く魚を めがけ垂直降下する鳥よりも
ずっと 阿呆な 私である。
夢は 想像だけでは 今にならず
夢は 創造すれば 今になる。
西瓜割り。
割り 終わるまで 観ている人も 割る人も
その間が 楽しくもあり 悩ましくもあるが
西瓜は いつも 待っている。
アチラ コチラ ではなく
ただ ここに 在る のである。
