銀座へいったら やっぱりこれ。だ、と思う。
ウエストミンスター式チャイムが鳴り響く。

現在の時計塔は二代目にあたります。
初代時計塔が完成したのは明治27(1894)年。
和光の前身である服部時計店の創業者、
服部金太郎が、銀座4丁目交差点角地の朝野新聞社屋を
買い取り、
増改築の末に、明治28(1895)年1月、服部時計店は
この新店舗で営業を開始しました。
その後、大正の好況期に入り、建て替えが計画されたものの、
大正12(1923)年の関東大震災により建設を中断。
再開されたのは昭和4(1929)年末になってからのことでした。
現在の時計塔は昭和7(1932)年6月に竣工しました。
ゆるい弧を描いた優雅な曲面で4丁目の交差点を見下ろすように
建つこの建物の様式は、ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれています。
塔の高さは9メートル、その上に8メートルの尖塔と避雷針が付いています。
四方にある文字盤は正確に東西南北を向いており、直径は2.4メートル、
長針は1.17メートル、短針は0.75メートルあります。
建物の外装材は、大震災直後ということもあり、
火災や地震を考慮してすべて天然石が使われました。
また、時計塔の文字盤の下や建物の窓部分には、
ブロンズのアラベスク(唐草)の繊細な透かし
模様の装飾などがあしらわれ、
店内の壁面にはイタリアから輸入された大理石が使われました。
ウエストミンスター式チャイムの音が鳴り響くようになりました。
錘巻上げ式だった時計の動力部分も昭和41(1966)年には、
時代を先駆けるセイコー・クオーツ水晶発振式の
ムーブメント(機械体)に取り換えられ、
その後も技術の向上に合わせ、高精度のムーブメントを導入しています。
現在、時計塔のチャイムは、正時になる45秒前から
ウエストミンスター式チャイムが鳴り、
その余韻の後に響く第1打が正時をお知らせしています。
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ウエストミンスター式チャイムが鳴り響く。

現在の時計塔は二代目にあたります。
初代時計塔が完成したのは明治27(1894)年。
和光の前身である服部時計店の創業者、
服部金太郎が、銀座4丁目交差点角地の朝野新聞社屋を
買い取り、
増改築の末に、明治28(1895)年1月、服部時計店は
この新店舗で営業を開始しました。
その後、大正の好況期に入り、建て替えが計画されたものの、
大正12(1923)年の関東大震災により建設を中断。
再開されたのは昭和4(1929)年末になってからのことでした。
現在の時計塔は昭和7(1932)年6月に竣工しました。
ゆるい弧を描いた優雅な曲面で4丁目の交差点を見下ろすように
建つこの建物の様式は、ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれています。
塔の高さは9メートル、その上に8メートルの尖塔と避雷針が付いています。
四方にある文字盤は正確に東西南北を向いており、直径は2.4メートル、
長針は1.17メートル、短針は0.75メートルあります。
建物の外装材は、大震災直後ということもあり、
火災や地震を考慮してすべて天然石が使われました。
また、時計塔の文字盤の下や建物の窓部分には、
ブロンズのアラベスク(唐草)の繊細な透かし
模様の装飾などがあしらわれ、
店内の壁面にはイタリアから輸入された大理石が使われました。
ウエストミンスター式チャイムの音が鳴り響くようになりました。
錘巻上げ式だった時計の動力部分も昭和41(1966)年には、
時代を先駆けるセイコー・クオーツ水晶発振式の
ムーブメント(機械体)に取り換えられ、
その後も技術の向上に合わせ、高精度のムーブメントを導入しています。
現在、時計塔のチャイムは、正時になる45秒前から
ウエストミンスター式チャイムが鳴り、
その余韻の後に響く第1打が正時をお知らせしています。
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