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ASKAの「本日も恋愛小説」

日常と非日常のはざまで生きる痛女(イタジョ)の
気づいたことや伝えたいこと。
「blogぢゃなくて友達に話せばいーじゃん」ええ、友達いないんです(泣

 

私は「片思い」というものを現在は信用していません。

なんというか、本当に運命の相手ならば会った瞬間に「わかる」だろうと思っているから。

 

でも、たとえ運命の相手ではなくても、どうしても一緒にいたいこともあります。そして大抵のものは本当に欲しいと思えば、手に入れることができます。

人の心も、体も。

 

何年でもタイミングを待ち、淡く深い関係を保ち、行動を起こす時期を間違えず、じゅうぶんに冷静で、そして、必要ならばどこまでも冷酷になれること。

たとえ誰を不幸にすることになるだろうとしても、どうしても相手を手にいれるのだという覚悟を持つこと。

 

正直にいって、きれいごとだけで何かを得ることは難しいです。



 

昨日久しぶりに“オール”をしました。思い切り夜が明けてから眠りました。

フランスワインのこと?を考えながら。

 

ところで、私はこの数か月、ずっと考えていたことがあるんです。

 

動物のような深い無意識の幸福を、ひとはどうして忘れてしまったのだろう?

 

今日、その答えを聞きました。

私のお気に入りのヨガ・インストラクターが答えをくれたんです。

 

彼女はいいました。

人は今のことを考えない、大抵次のこと、未来のことを考えるか、過去のことを考える。

でも、ヨガは今の自分を感じるものなのだと・・。

 

そういえば、何かで読んだんです。たぶん脳科学に関する本で。

人間と動物の差は、時間の概念だということもできるそうです。

 

動物は、次のことを考えて、今の自分を粗略に扱ったりはしない。

 

動物は、過去のことを考えて、今の時間を失ったりもしない。

 

ただ、純粋に今を生きている。

だから深い悦びに生きることができる。

 

もちろん、未来のことを考えたり、過去のことを思い起こしたりすることが悪いことだというつもりはない。

だからこそ人間なのだといえる。

しかし、そのことによって何を失っているかと、考えることも必要なのではないか、と思う。

 

結局のところ、今この時に感じる幸せや、今この時に「実際に」何をするのかで人生は形づくられている。

 

何をどうやるか、いつやるかを考えていても何も進まない。

 

今をいかに愉しむか、

いかに今を生ききるか、

 

ミノタウロスではないけれど、私は半神半獣でありたいと思う。

そう、子供の頃からずっと思っていた。

 

人間って、なんでしょう?


 

初めてピラティスのレッスンを受けました。

コア=体幹を鍛えるということの重要性は、昨今言われていることですが、

実感としてそうなんだろうな、という気がします。

内容自体は、目新しいものではありませんが、深く息をします。

 

まだ、コアのぐだぐだな浜崎ですが、まあ、少しづつ。

 

コアを鍛えることは、別に何をする必要はなくて、ただ姿勢を正すだけでも

自然に行えるものです。

私は、このひとつき、結局食事制限を放棄したために、体重が変わっていません。

でも、体は明らかに変わってきています。まあ、少しづつ・・・

 

コアを鍛え、リンパを流すこと。

 

ひとの身体は、変わることができるものだと、遅いということはないのだと、感心しているところです。

 

 

ところで、韓流にはまったく興味がない浜崎ですが、

剣士ペク・ドンスが面白いです。少年の成長物ですが、なんかドキドキします。

強いし。

 

宿命とか運命とかいいですよねえ。

 

強くなりたいなあ。

 

もっと強くなりたい。

 

体は一気には変われない、でも意識は一気に変わる?

 

うん、でもそれは違うかもしれないと思います。

 

意識もやはり、体と似たようなもので、方向を変えるのに三ヵ月くらいかかるし、その変化が定着するためにもう三ヵ月くらいかかる。

だから私が始めた意識改革は、年内いっぱいかかるわけです。

 

でも、なんだか楽しいんです。

 

闘うことが。