5月1日はメーデーの日である。「労働者の祭典 メーデー」と
いわれたのは、今は昔の話。日本ではGW(ゴールデンウイーク)に
組み込まれた5月1日を避けて、最近は4月29日の昭和の日に
全国で集会が行われるようになった。
元々、1886年5月1日に米国カナダ職能労働組合連盟が
シカゴで、8時間労働を要求して集会したのが始まりといわれ、
欧米では五月祭の始まりの日を労働者の日として祝っているが、
日本でも1920年に第1回のメーデーが開かれ、今年で80回目を
迎えた。中には警察隊との衝突で血のメーデーとなった年もある。
それからみれば、随分とおとなしくなったものだが、
果たして労働者の権利は守られているのか。
労働者の雇用は、世界的に常に不安定要素に晒されて
いるのが常だ。特にわが国では、昨年末には派遣テント村が
東京・日比谷公園に設置され、人材派遣の実態が暴露された。
契約社員や期間工など非正社員の身分が不安定で、
企業が不景気になれば、真っ先にリストラの対象になりやすい。
元々、人材派遣は秘書や通訳、システム・エンジニアなどの
専門技術を持った人材を一定期間、企業に派遣する事を目的に
昭和60年に法制化されたが、平成4年の規制緩和で、
一般製造業も加えられ、非正規雇用者が大幅に増える
要因となった。企業が専門家を育成するのに過大な投資を
必要とし、国際競争力に負けるので、負担を和らげる目的で
導入したのが、誰でも出来る仕事まで派遣で賄えば、
派遣会社がピンハネをしたい放題、海外から労働者を
連れてきて、企業に売り込むなど、人身売買もどきになってしまった。
江戸時代のの口入れ稼業を、国家がお墨付きを与えたも同然である。
職業あっ旋を、職業安定所のみに国家統制したのも
労働者の権利を守る為で、かつてリクートが人材派遣法の
制定前に、職業安定法の抜け道を弄して
専門職の企業紹介事業をして問題になり、
それで機先を制して人材派遣の法制化をしたいきさつがある。
昔の映画で、港湾労働者や建築作業員をトラックに乗せて
現場へ運ぶシーンを見ることもあるが、まさに同じことが
現代でも行われていたとは驚きである。
メーデーも、こうした雇用情勢を把握して、声を上げるべきである。
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