老人を毛嫌いする傾向きがある。五倫の一つ、孟子に「長幼の序」がある。もう死語かもしれないが、年少者には年配者を立てねばならない事柄がある。社会生活上、目上の人には敬意を払い、席次を上位に奉り、丁重に弔う。村社会では生きているが、競争社会では目障りに移るのかもしれない。若者もいずれは老いと直面する運命にあるから、一種の保険的な意味合いもあるのかもしれない。いずれにしても、年老えば体力が極端に低下し、若者のような俊敏な行動は望めないが、知力では決して劣らない。そのためにも若い内から多くの経験を積み、知識を蓄えることだ。失敗を恐れてはいけない。失敗は成功の元という。年取ってからの失敗は醜く、取り返しがつかない。出来れば晩節を汚すことなく、敬愛の念で最期を迎えたいものだ。若くして命を落とすと、大抵は哀惜の念で弔 われる。未来が洋々として残されているからだ。命は大事にしたいものだ。
歴史は繰り返すといわれるが、人間の一生は約70~80年。その間に同じ事が二度、三度繰り返されることがある。ファッションと同じで、女性のスカートの丈が長くなったり、短くなったりするものだ。その時代の状況で流行は左右される。うまく時流に乗れば成功するが、空気が読みきれないと社会がおかしい、政治が悪いと文句を言う。決して自分の責任を省みない。バブルしかり。震災後の復興しかり。同じ苦境を体験して学習したものを糧に努力を重ねた者は救われる。科学的な根拠は全然無いが、時代の流れを肌で感じ、すばやく対処出来たり見過ごしたりするDNAもあるのではないか。要は、現在起りつつある状況を読み取り、過去の経験と照らし合わせて対処する。的確な判断というものは神のみぞ知るである。すべての人間がうまくいくとは限らない。そこに差が生じる。これが人生の妙ともいえる。但し若い世代はこれに当てはまらないが、早く気づくことだ。
日本人は他人の善意を素直に受けるのも下手である。とくにお年寄りは人の世話にはなりたくない、と言い張る。もともと人間に限らず、地球上の生物は自分ひとりで生きられるはずがない。生まれた時から親の世話になり、地球上の酸素を吸い、食物連鎖により食料を確保し、上下水道、道路、交通機関など誰かの手によって創られたものを利用して生きてきたのである。商売にしても自分ひとりで儲けるの は不可能だ。商品を買いに来るお客あってのものである。最近は商店街がシャッター通り化している。近くに大型スーパーが出来、品揃えも豊富で価格も勝負にならないと店をたたむ商売人が多い。人の世話にならなければ、商売できないのだから上手に他人の世話になればいいのだ。儲かっている店があれば、自分ひとりの力で稼いでいると思い込みがちだが、大きな間違いである、