やるときゃ、やるよ!!私だって・・・・。
ただ、そのヤル気になるまでがねぇ・・・・
人よりも時間がかかるだけなんですよ!!

でも、やらしたらスゴいよー。
きっと誰もついてこれないんじゃないの・・・・多分。
だけど、どっか抜けてるのが問題なんだけどね。
いやー次のヤル気は来年ぐらいに噴出するね、うん。
じゃ、それまで寝てようと思う。
青空

昨日、飲んだ友人が言っていた。
『前にaskが言っていたように、私も変だと思っていた。
 感性のままに話す事や、真面目に何かを話すっていうのは
 周りの友達からは抵抗があって。
 だけど、楽しいことばかりを語り合いたいわけじゃないんだってことを、
 本当はそう思っているのに。そういう自分がおかしいのかもって思ってた。』

その違和感について、私が途方も無く悩んでいた時期を以前話したことに
彼女も同じように思っていたことを、思い出したようだった。
そして、それについて感覚的に話せるのが私だけ、
ということに少し驚いたけれど、嬉しいものでもあった。
楽しいことは大好きだけども、同じぐらいにしんどいこともあると思ってる。
しんどいことは、誰かに話せたりしなければ消化出来ないとも思う。
だから、それにきちんと向き合えない自分や人間関係は、なんとなく苛立ったり寂しい。
少なくとも今の私の友人関係は、感覚的に話せるし、
真面目な話も、感覚的なところも分かり合える友人達である。
大人になってからは、特にその部分に気をつけて付き合っていると思う。
だって、人生は限られているんだもの。
限られた中で、嘘や建前で時間を共有出来るほど私は優しくない。
違うものは違うと、嫌なものは嫌といえる大人の関係がすごく気に入っている。

・・・・最近じゃ、めっきりかなり年上の女友達に気に入られてしまう。
なんでだ?と考えると、答えは1つしか出て来ない。
私は大体、年上扱いなんて全くもってしない。
そう・・・・やっぱり『生意気』だからだ!!
砂辺

自分がないものを持っている、というのは魅力的だけど。
でもやっぱり、私は同じように感じ、同じような空気をも持つ人が
すごく好きで近くにいるように思える。
感じるところが同じだったり、全部を言わないまでの言葉を知っていてくれたり。
それだけで、何て幸せな気分になるんだろう・・・と思った。
飲んできたからかな?今は、何も恐くないよ。
確かに周りの人達を大事に出来なければ、色んな事が上手くは廻らないかもしれない。
だけどね、傍にいる大切な人の気持ちを汲み取れないようじゃ、
どうやって周りの人達の気持ちを汲み取れるのさ。
そしたら、どうやって大事に出来るっていうの。
どうやって幸せというカテゴリーに入れることが出来るっていうの?
もっと、幸せであるために理想論だけじゃダメなんだってことも必要でしょう。
格好良くなくても私が知りたいのは、建前とか正論じゃないの。人間らしさなの。

笑えないのなら、笑わなくていい。
哀しいときには、涙が欲しい。



ナオへ

あなたが生きていれば、今月で26歳になるんだね。
今月はナオと同じように誕生日の友人がいっぱいいるんだよ。
歳を重ねて、いつかはお婆ちゃんになって。
もし、命が繰り返されるのなら。
一生を終える間にあなたに会えるのかもしれない、と思うと
ものすごく希望になる。
それは夢だとしても、叶わないことだとしても、
私が生きている間はナオがどこかにいることを、ずっと信じてる。
多分、私には分かると思う。ナオだってことが。
今はあなたに触れられなくても、いつかはまた触れたい。
だから、明日にまた願いを込めて。

ナオ、26歳の誕生日、本当におめでとう。