私は今、すごく腹が立っている。

説教するのに、3時間ぐらいは要すると思う。

私が一番に嫌だなぁと思うのは、年を重ねた分だけの心持がないのは

好きじゃないということ。

10代なら10代なりの、20代なら20代なりの、物の考え方というのがあると思う。

そして、そういう物事の捉え方が余りにも身勝手だったりするのが、

私よりも年上の人だと、相手にしたくない。

人は、誰しも心がある。

それには、気持ちというのがある。

誰もが納得するような答えなんてないけれど、

誰かと関わる事には、誠実であってほしいと思う。

誠実とは、真面目でいるということじゃない。

相手の気持ちに対して、知らないふりをしないということ。

気づかないふりなんてしないで、向き合ってほしい。


年を重ねた分だけ、

誰かの気持ちを黙って汲み取れるような、

粋な大人になりたい。





先日、皮膚科へ行った。
行けば3、4時間はかかる大繁盛の病院。
黒い長椅子には人がいっぱい腰掛けて、待ち時間を過ごす。
そこで私は持ってきた本を読んでいたら、
すぐ後ろで小学生の男の子がお母さんにグズって話していた。
きっと注射が恐いとか、長く待つのがつまらないとか。
子供にとったら退屈と恐怖との戦いなんだろうなぁーと聞き流していた。
そしたら、私の隣に座っていたおばさん(おばあさん?)が
聞こえるように『うるさいんだよ』と言った。
あーおばさん。子供はうるさいもんですから。
私は、構わず本を読んでいた。
隣から、おばさんのイライラ感が伝わり、感じが悪い。
おばさんは子育て経験がないのかしら?
私は、おばさんにイライラしてきた。と思ったら、
その親子に向かって、『ウルセー!!』
おばさんは年を重ねただけあって、怒って歪ませた顔が酷いもんだ。
自分の怒った顔が、どれだけ醜いか知らないんだろうか??
びっくりした私は、あんたこそ迷惑といった顔でおばさんを見た。
ましてや、言い方ってもんが年相応にあるだろうに・・・。
おばさんの顔には、赤い湿疹が所々に出来ている。
私は思った。
きっと、あれだ。
おばさんは息子の嫁と上手くいかず、嫁をいびっているに違いない。
それから近所からも、要注意人物に指定されているに違いない。
もっと年を取って寝たきりになっても、見舞ってくれる人はいないだろう。
世話をする嫁に、その時になって仕返しされて泣くんだ。
それとも今、その湿疹は嫁からの仕返しで食事に何か混入されたんじゃ・・・
おばさん、老い先短いんじゃ・・・でも、憎まれっ子世にはばかるって言うしなぁー

何はともあれ、年を取って心の懐が狭いというのはなんとも醜い。
小学生のお母さんだって、一生懸命に子供に注意しているんだからいいじゃない。
ったく、醜いのは顔だけで勘弁してよ。
と呟いた週末でございました。

田んぼ

先週末、息子が久しぶりに私の実家へ泊まりに行った。
帰るときは息子が1人でバスに乗り、停留所で私が待っている。
いつもはいる息子が家にいないというのは、何とも変。
もう友達と休日は遊んだり、出かけてもお留守番しているという
息子の成長ぶりは、いやでも幼い頃の彼を思い出してしまう。
あんなに私が居なくなると泣いていたのに。
足に絡み付いては困らせて、駄々をこねていたのに。
あっという間に私の手を必要としなくなり、小さな手はいつのまにか
もう少しで、私の手と同じぐらいの大きさになろうとしている。

私は、子供になんて興味が無かった。
なのに息子は、私の全てを変えてしまった。
私が生きていく知恵も、強さも、正しさも、見ている世界も。
変わっていく季節や流れる時間の中で、こんなに鮮やかに物事を映し出せるのは
子供が持つ力でしか知ることが出来ないのかもしれない。
小さな腕がまとわりついた首も、
小さな手が握ってくれた手も、
私を抱きしめた小さな男の子も、
今では、とても愛おしい欠片の1つになった。

バスから降りてきた息子の手には、赤と黄色の落ち葉が握られていた。
『ほら、見て。キレイでしょ?』
それは、自然の色とは思えないほどキレイな色をしている。
大人だったら綺麗だな、で終わってしまうのに。
息子には拾ってしまうほど、素敵なもの。
それから、息子は自分の部屋に落ち葉を飾り付けた。
色がキレイ、それだけが息子にとって持って帰る理由。
他には何の理由も、付加価値もいらない。
だけども単純で明確な、そして感性が良いことに誇らしく思った。

ねぇ、息子。
確かに、ちょっと問題がある言動もあるけれど。
直して欲しいところもあるけれど。
でも。思った通りにやればいいと思うよ。
それが一番いいと思うよ。