私は精神が弱いので、またまた怒っている。

まず、分かって欲しいと思うのであれば相手を分かってあげようとしなきゃダメだ。
人それぞれ、というのは逃げ道に使う言葉ではない。
相手の気持ちを理解しようとする時、認めようとする言葉だ。
先回りをして勝手に、答えを導かないでほしい。
筋の通った大人であろうとするのなら、おざなりはやめてほしい。
一方通行で辛いと思うのであれば、それなりの努力が必要なのは知って欲しい。

大事なことを話すのに、損得勘定なしの本当を語って欲しい。
分かって欲しい、分かって欲しい、分かって欲しい。
云わないまでも、気持ちを示さないまでも、態度に表れなくても分かって欲しい。
子供みたいに幼稚な駄々のこね方では、人には分からないのだ。
親子でも、夫婦でも、恋人でも分からないのだ。
責めるのは得意だけど、責められるのは嫌だなんて、どうしてそんなことが許されるのか。
人を非難し、責めて、遠回しに厭味を云うのであれば、
その言葉に責任を、そして自分の行いを参照してこそ言って欲しい。

これは諭すことじゃない、無関係だからでいいことじゃない。
それに相手の幸福を願うから云うのではない。
自分が真っ直ぐでないのなら相手と同じところにいる、ということである。
正しいから伝えたいのではなく、黙る事は時として認めることになるから。
そうではないことを認識しているのなら、自分の思いを告げるのは、
真摯で誠実な態度であると思うから。

きちんと話す事は、人としての備わった武器だと思う。
それを活用しないのは、理性のある人間とは到底思わない。
b

みなさま、こんばんは。
さて書くネタも尽きたところで、息子の自慢話でもしましょうか。
(いつもしてんだろーと言ったアナタ。はい、そこのアナタ。大目にみてよね。)

それは息子が二年生のとき。
家庭訪問で先生から聞かされたお話でした。

『算数の授業の時です。
 黒板の答えを書いてもらうのに、クラスで話し合ってジャンケンで決めることになりました。
 一問ずつジャンケンで決めていったので、そのうち二度勝った子が出てきてしまいました。
 その二度勝った子は黒板に答えを書こうとしたとき、クラスみんなが文句を言いだしたんです。
 二度もやるのはずるいと・・・・。
 そのとき、息子さんがこう云ったんです。
 そんなルールは決めてないのだから、後付けで言うのは良くない、と。
 その子はずるくない、あとで文句を云うのはずるいんじゃないの?って。
 するとクラスのみんなが、そうだなと納得したんですよ。』

えー私的には、息子はえらく勇気があるなと感心致しまして。
それから一週間ぐらいはお手伝いを免除しました(笑)
公正公平というのは、なかなか難しいもんです。
それは大人より子供の方が確信的なんだな、と思いました。
私より、ずーっと息子の方が正しい行いをしている、と。

それでですね。
昨日は飲みに出かけたんですよ。
息子は1人でお留守番が出来る年にはなりましたが、
やはり心細さというのが、まだまだある年頃でもあるわけなんです。
1人でご飯も食べれる、1人でお風呂の用意もできる、寝ることも出来る。
けれども前日にお友達に些細なことで殴られてしまい、意気消沈してしまいました。
その気持ちが許せない、ではなく、哀しいと息子は云いました。
よく分かります。誰かに殴られると怒りか哀しみにしかなりません。
息子が哀しくて、ショックだったのは息子は怒りをあまり持ち合わせない人間だからです。
私みたいに怒るより、どれほど精神が強いのだろうと思います。
そんな息子ですが、やはり子供なので1人は心細いのです。
昨日の留守番は、息子にとって寂しいものだったんだと感じました。

そこで、気づいたのです。
大人というものは、なんてズルいんだろうと。
自分たちの事情や都合で、子供には何かをさせようとするとき。
何かを頑張らせようとするとき、分かってもらいたいとき。
どうしてか大人の基準を押し付けてしまいがちになります。
しかし、大体の時は子供扱いをして曖昧にしようとします。
子供に悪いことを指摘されると、それが正しくても認められる大人は少ないかもしれません。
正当なことを言うと大人びた子と捉えがちですが、そうでは決して無い。
子供だからこそ、損得抜きの正義が貫けるのだと。

昨夜、息子の寝顔を見ながら大人の勝手な矛盾を知ることができました。
何より子供というのは、大人よりその勝手さや矛盾を分かってしまう。
それは大人の立派な説教を何の味付けも知らずに信じてしまうからだろうと思います。

そうやって度々、息子に気づかされては心を戒められている気がするのです。
あ、やだ、息子が覗きに来る!!じゃそんな感じで。
・・・・チャオ!!

とうとう本日で保険チーム解散の最後、となりました。

私たちの圧倒的強さで、毎日うなだれて日々をお過ごしになった方は

安堵の声が上がりそうな・・・・・(いるのか?いないだろ!!)


何事も周りを巻き込み、大騒ぎしてきた私たちを『卒業』と言わせるほど

みんなが大好きな職場だったなぁ・・・・・(回想)

初代のちびっ子リーダー。

それから、二代目のリーダー、もっさん。

三代目に就任した、J・・・・それぞれ私たちに振り回されて、嘆いたこともあったかしら?

海やバーベキュー、鍋パーティーにベローチェミーティング、定例会と称した飲み会。

送別会にお祭り。それから、ぐるくんイベント。

リーダーはもちろんのこと、私たち周りにいる人もたくさん参加して、

ベテランの大人たちがはしゃいだり、笑ったり、子供みたいな思い出が出来ました。


そして最後にチームメンバーのあっこねぇ、ようこちゃん、みっつ。

私たちには、たくさんの時間と思い出を共有することができたよね(涙)

泣いてみたり、笑ってみたり、バカにしてみたり。

それに素直に思うことや真剣に話し合うこと、誰かと思い合うこと。向き合うこと。

ひとつ、ひとつに心が満たされていく感じがしました。


1人残された私は、とてもとても寂しい思いをしたけれど。

でも、みんな1人1人が会いにきてくれたこと。とても嬉しかった。すごく嬉しかった。


繋いだ手は、きっと温かさを忘れない。

何度だって思い出せる。

そうでしょ?


私の大切な友人たちへ

本当にお疲れさまでした。