
みなさま、こんばんは。
さて書くネタも尽きたところで、息子の自慢話でもしましょうか。
(いつもしてんだろーと言ったアナタ。はい、そこのアナタ。大目にみてよね。)
それは息子が二年生のとき。
家庭訪問で先生から聞かされたお話でした。
『算数の授業の時です。
黒板の答えを書いてもらうのに、クラスで話し合ってジャンケンで決めることになりました。
一問ずつジャンケンで決めていったので、そのうち二度勝った子が出てきてしまいました。
その二度勝った子は黒板に答えを書こうとしたとき、クラスみんなが文句を言いだしたんです。
二度もやるのはずるいと・・・・。
そのとき、息子さんがこう云ったんです。
そんなルールは決めてないのだから、後付けで言うのは良くない、と。
その子はずるくない、あとで文句を云うのはずるいんじゃないの?って。
するとクラスのみんなが、そうだなと納得したんですよ。』
えー私的には、息子はえらく勇気があるなと感心致しまして。
それから一週間ぐらいはお手伝いを免除しました(笑)
公正公平というのは、なかなか難しいもんです。
それは大人より子供の方が確信的なんだな、と思いました。
私より、ずーっと息子の方が正しい行いをしている、と。
それでですね。
昨日は飲みに出かけたんですよ。
息子は1人でお留守番が出来る年にはなりましたが、
やはり心細さというのが、まだまだある年頃でもあるわけなんです。
1人でご飯も食べれる、1人でお風呂の用意もできる、寝ることも出来る。
けれども前日にお友達に些細なことで殴られてしまい、意気消沈してしまいました。
その気持ちが許せない、ではなく、哀しいと息子は云いました。
よく分かります。誰かに殴られると怒りか哀しみにしかなりません。
息子が哀しくて、ショックだったのは息子は怒りをあまり持ち合わせない人間だからです。
私みたいに怒るより、どれほど精神が強いのだろうと思います。
そんな息子ですが、やはり子供なので1人は心細いのです。
昨日の留守番は、息子にとって寂しいものだったんだと感じました。
そこで、気づいたのです。
大人というものは、なんてズルいんだろうと。
自分たちの事情や都合で、子供には何かをさせようとするとき。
何かを頑張らせようとするとき、分かってもらいたいとき。
どうしてか大人の基準を押し付けてしまいがちになります。
しかし、大体の時は子供扱いをして曖昧にしようとします。
子供に悪いことを指摘されると、それが正しくても認められる大人は少ないかもしれません。
正当なことを言うと大人びた子と捉えがちですが、そうでは決して無い。
子供だからこそ、損得抜きの正義が貫けるのだと。
昨夜、息子の寝顔を見ながら大人の勝手な矛盾を知ることができました。
何より子供というのは、大人よりその勝手さや矛盾を分かってしまう。
それは大人の立派な説教を何の味付けも知らずに信じてしまうからだろうと思います。
そうやって度々、息子に気づかされては心を戒められている気がするのです。
あ、やだ、息子が覗きに来る!!じゃそんな感じで。
・・・・チャオ!!