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今日はね横浜市長選挙で、今行ってきたとこなの。
現市長の中田さん(41歳)が優勢らしいよ、どうやら。
投票所に行ってみて、驚いたのは衆議院選挙より参加する人が少ないこと。
横浜の市長選挙なんだから、衆議院選挙より、もっと身近だと思うんだけどなぁ。
それでも、以前より選挙に参加する若い人が増えて、
へたしたら中壮年層より、若い人の方が政治に関心あんじゃない?って思う!!

投票した帰り、私が思う『こんな横浜だったらいいな』を考えてみた。
今は、どんどん保育園が民間化になって福祉から経営に変わってるんだけど、
やっぱり子供を育てる環境は福祉であって欲しいな。
地域で育児しよう!!って立派な考えを持つなら、横浜市で保育園を増やして欲しい。
待っている子供が沢山いるんだし、仕事と両立できる環境がいいよね。

あとは、お年寄りには優しい横浜であって欲しいかな。
多分、私はずっと横浜に住んでいくんだろうし、
死ぬまで働くのは、ちょっとしんどいもん。
だからって年金だけで生活は賄えないし、そのために貯蓄は必要だけど。
せめて、何かあったときの病院代や交通費、介護の助成は欲しい!!
私はいつまでも元気で、年を取らないわけじゃないから。
確実に老いてくし、確実にお年寄りになる日が来る。
そう思ったら、今からお年寄りに優しい『横浜』を目指したい。

子供とお年寄りに安心で、優しいって。
今、一番働かなきゃいけない私たちに余計な負荷がかからないことになるんだよ。
子供を養育するために働く、老いた両親を介護する。
これを横浜市が協力してくれれば、私たちが直面する問題はもっと楽になる。

とりあえず息子は保育園児ではないし、両親達もバリバリ働いてるけど。
自分でなければ関係ないんじゃなくて、
自分たちがそれに直面する前に『今』をどうしていくかが大事なんだよ。
いきなり声を大にして言ったって、変わっていくのは何年も先の事になるから。
横浜が誰にでも住みやすい街になったらいいな。

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息子を育ててみて、(って言っても終わったわけじゃないんだけど)
一番難しいな、と思ったことが『誉めること』
『叱ること』も難しいんだけど、自然と出来るようになる。
危ないことをしたとか、悪いことをしたとか。
それって親として、というよりも自分の中から生まれてくる感情のひとつであって、
危ないことをして命を落とさないで欲しい気持ち、
悪いことに対する怒る気持ち、は人間としての心が訴えるもの。

だけど、『誉めること』はなかなか出来ないんだなと思う。
人が歩みゆく中で、友達や職場の同僚や恋人・夫婦、そして親子の関係に
『誉めること』が何度できたんだろう?って考えると思い浮かばない。
誰かを誉める、というのは想像以上にしていないって思った。
なのに『誉めること』って、人が思うより大切な要素なんだなぁ。

息子を誉めてみて、私が思っていたより、とびきりの笑顔になったとき。
すごく嬉しそうに、照れくさそうにしたとき。
もっと、もっと、誉めてあげたら良かったなーと思う。
誉めることは、どんな贈り物にも代え難い自信と希望とやる気を与えてあげられる。
そして、繋がった自信はいつか第一歩を踏み出せる勇気をくれるだろう。


そんな風に考えるとね、『叱ること』と『誉めること』が出来るのって
やっぱり精神的成熟でないと簡単ではないんだなって思った。
私みたいな未熟な人間は、まだまだ修行が足りん!!と思ったり。
目指すなら、そういう人間になりたい!!なんて思ってもみたり。



『誉めること』が必要なのは、子供たちだけじゃない。
隣にいる誰かの心に、何かしら繋いでくれるものになるかもしれないよ。
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今日は何かが起こるぞ!!って思ってしまうような天気。
風は生暖かく、強く吹き荒れていて、どんより重い雲はどんどん流れてきた。
咲いたばかりの桜たちは、もう風に乗って散ってしまってる。

雨の中を傘も差さずに歩いていたら、この天気は割と好きだな、と思った。
『好き』っていう言葉はなんだか何に対して言っても恥ずかしいんだけど、
でも照れくさい感じも好きで、『好き』って言いたくなることってない?
私は、結構ある。
好きって言うと、本当に好きなんだなぁーと思えるんだよね。
気持ちを言葉に変換するのって、やっぱり勇気がいたり、タイミングとかってあるけど。
言葉にしてみたら、案外、その言葉の重みとか、そのこと自体の本当が、
より分かりやすくなって目の前に表れてくる感じになる。

?と思われた方。
私も?です。
すみません。

ドンマイ!!