
随分前に、私は母の秘密を知った。
それは私が想像する以上に、大きな大きな重いものだった。
その事実を母は一体、どれだけの人に打ち明けられたんだろう。
母は元々、お嬢さま育ちの裕福な家庭で生まれた。
だから、看護婦になりたい、という選択を祖父は許してはくれなかったという。
それでも看護婦になりたくて、家を飛び出し、東京の看護寮に入り、
昼間は看護学生、夜は夜間の高校に通う奨学生となったのが15歳だった。
寮に入れば、先輩との上下関係が大変で毎日寝る暇もなかったと言っていた。
看護学生の大変さは、妹のを見ていたからよく分かる。
見ている方が、もう止めれば?とか、そこまで人に尽くすって・・・とか。
私には到底できない、到底敵わないと思う。
母がそこまで頑張れたのは、余程の思いがそこに携わっていたからだ。
看護婦になる夢を強く強く、思い続けてきたからなんだろうって思う。
なのに、母は看護婦になってから数年で辞めてしまった。
厳密には、辞める道しか残されていなかった。
それは母にとって、絶望だった。
そこにも誰にも相談できない母の悩みが隠されていた。
幼い頃に交通事故に遭い、脳に僅かに損傷を受け、母には後遺症が残った。
突然の発作と目眩が襲い、意識が朦朧とする。
看護婦として働くうちに、その不安はどんどん押し寄せては悩んでいた。
看護してもらう方だなんて誰にも言えなかった。
辞めてからの母は、まだ若く、それなのに絶望だった。
悪いことは、誰のせいでもなく。母のせいでもなく。
それでも待ち構えていたように、次々とやって来る。
母に残された道は、努力でも敵わないものしかなかった。
私は、何度も何度も母を憎み、恨み、嫌っていた。
私を愛してくれない母を、頭の中では何度も殺したと思う。
大人になってから、母に謝られたとき。
許したけれど、心からは信じられなかった。
どこかで、私は許せなかった。
だけど母の哀しみに触れたときに、やっと分かったんだ。
母もずっと苦しんでた。
ずっと、哀しんでた。
ずっと、ずっと。
母の秘密は、私との秘密でもある。
私は、母を心から愛している。
長い時間をかけて、大事にしたいって心から思う。
『私のお母さん』を。

