さてさて、お久しぶりのaskです。こんばんは。
今日、ほぼ車の教習が佳境を迎え、ビビリの私もホッと一息。
こんな雨にもかかわらず、本日は高速教習に行ってきました。
実は普段の教習でも幸か不幸か、雨の日に乗ったことのない私。
そりゃぁもう、足も腰もガクガク震えてしまいました。

しかも、なぜか高速教習は普段の車とは違い、ハイブリッドカー。
なんて余計なお世話なんでしょう。ったく。
素人には、アクセルやブレーキの感覚がつかみずらいの何のって。
それに教官は、人はいいんだけど・・・・笑い方が下品。
見た目はクールそうなのに、笑うと酔っぱらいのオジさんになってしまうのです。
この教官ってば、カーラジオから流れてくる音楽に頭をスウィングするし、
『リクエストにお応えしまぁす』とか言ってくるし、
むしろ、教官にビビっていたのも確かでした。

そんな教官に気遣い、またビビりながらに高速に乗ろうとしたときです。
もちろん、教習でも料金所に通り、チケットを頂かなくてはなりません。
窓を開け、料金所のオッちゃんからチケットを受け取ったときでした。

オッちゃんはニコニコ顔で、なぜか私にVサイン。
V、Vとエールしてくるオッちゃんにつられ、教習中の私もついVサイン。
(オッちゃん、あたし、これで召されるかもしれないよ・・・)
(大丈夫だよ、お前ならやれるって!!)
(でも、でも、自転車より遅いって言われる私なんか)
(バカー!! 毎日、ここで見てきている俺が云ってんだ!! 大丈夫に決まってんだろ!!)
(ホント?あたし、やれば出来る子? オ、オッちゃん。ありがとう)
以下、妄想省略。
・・・・オッちゃん、私、頑張るよ!!
そして、手を振り、また最後のVサイン・・・・ピース!!
そうやって、私は高速と云う名の社会へ飛び込んで行ったのです。


オッちゃん。
あたし、頑張ったよ!!
オッちゃんに勇気づけられて出来る気がしてきたんだよ。
そしたら、100k/h越えちゃったよ!!
教習は80k/hで良かったのに・・・・失敗したぜ。
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車の運転免許を取る教習所でね、いいことを習ったよ。
『信頼の法則』
つまりは、歩行者と運転者にはある信頼が成り立っている。
歩行者は車のスピードや距離を見て、横断してくる。
そういえば、私も車が走ってくるか確認するし。
当たり前なんだろうけど、成るほど!!って思った。

『信頼の法則』は、人と人を繋げる法則でもある。
過ごす時間を共有する誰かと、全く信頼がないなんてことはない。
誰かと関わっていくためには、『信頼の法則』はとっても大事なもの。
大切な人の信頼を失わないために、人は様々な努力をする。

もし、運転者が歩行者に『先に渡っていいよ』って言ったとする。
歩行者が、すいませんって車の前を渡ろうとしたときに、
運転者が車を発進させたら、どうだろう?
また『先に渡っていいよ』って言われたとしても。
歩行者は、もう運転者を信じたりはしない。

信じる、とはそういうこと。

そして、それを失うというのは、それ以上のもの。
誰かを信じられなくなった。
どれだけ、傷つくんだろう。
どれだけ、悲しくなるんだろう。
ぽっかり空いてしまった穴は、信頼を失わせた本人でも簡単には埋められない。

自分さえ良ければいいのなら、人と関わって生きてく必要はない。
誰かと共に過ごすこと、誰かを愛すること、誰かと言葉を交わすこと。
人と繋がるには『信頼の法則』がなくてはならないもの。

・・・・・でも、この『信頼の法則』
子供やお年寄りには、使えないらしいよ。
ということは、人の信頼を無くすような人はやっぱり子供ってこと??
成るほど!!

ちょっと分かんないんだ。
例えば、息子が大人になるまでに親として何が出来るんだろう、とか。
例えば、裏切られた気分のときはどんな言葉で表せばいいんだろう、とか。
例えば、それぞれが曇りで光が射してくるのを待ちわびているとき、とか。

もう、足下には何もなくて。体を支えられなくて。
グラグラっと体を通り越して、心が揺らいでしまう。

tdk2

だけども、私は親であることはやめられない。
裏切られないって思ってたって、避けられないこともある。
光を待ちわびてるときは、当たらないかもしれない。

そうだとしても諦められない。
分かっていても諦め切れない。
グラグラして心が揺らいでも、支えられなくても。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
呪文のように唱えて、私は思い出そうとする。

続きを諦めないなら、やれることは1つだけ。
私は、私の気持ちを信じる。
私は、私を投げたりしない。
変わらないと思っていても、明日は変わってしまうんだ。