今更ながら、私は双子である。
ただ3分ほど先に生まれたというだけで、長女として育てられた私。
次女である妹と、28歳の誕生日を目前に喧嘩してしまった。
私は家族の中で一番、家族として縁薄く生きてきただけあって、
自分のことを話さなければ相談もしないし、だから喧嘩もしない。

私の家族は、私とは余りにもかけ離れている気がする。
見えるものに価値を感じ、結果に重きを置き、豊かさとは金で買えるものと信じてる。
強いて言うなら、ハリウッド大作映画に感銘は受けても、
B級映画には意味すら感じない、そういった分かりやすい人たちなのだ。

その妹と喧嘩した原因は、母のことだった。

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私は妹が社会に出て色んな経験をした大人として、
話せば少しは心に届くだろう、と安易に思ってしまった。
いつもなら、私が理解を示し、慰め、思いやりを持って接するところを、
諭すような言葉を聞いた妹は、もの凄く腹を立ててしまったんだろう。
散々、息子を早くに産んで迷惑をかけ、
母に仕送りすら出来ない家族失格の烙印を貰ってきた私に、妹はこう言った。
『あんたが今まで、お母さんに何をしてきたって言うの?』
『仕送りすらしたことないのに』
大抵のことは言い返せる。
親孝行=金、とは思ってない。金の前に大事なモンがある。

そんなのは、私の独りよがりなのかもしれない。
社会での負け犬が言ったところで、遠吠えかもしれない。
とにかく、経済力が物言う社会なんだろう。
妹はそれを信じて疑わず、そうやって生きてきたのだ。

妹は、妹で正しい。
そりゃ間違ってないだろう。
金が無ければ、何も出来ない世の中なんだろうから。

だったら、優しさも思いやりも感受性も才能も金で買えばいい。
子供の将来も金で買ってやって、母の残りの人生も金で解決してやればいい。
寂しいならおもちゃを買い与えてやればいいし、
楽しくないなら遊べる金をいつも与えてやればいい。

私は、妹に訊いた。
『本当に私は何もお母さんにしてないって思う?』
妹は私は何もしてない、話ならみんな聞いてあげてるし、大体私に何が出来るんだと。
何かが出来るなんて思っちゃいない。
だけど、少なくとも私は見えないものを見ようとしたい。
誰かが幸せになるのに形も、世間も、何もこだわりたくない。

お金で解決できることは、問題の本質ではない。
人の心の問題は、そんなことでは到底救われないと思う。
私は、それを信じている。

母が傷ついたことは、無視出来ない。
私の親孝行は始まったばかりなんだから。

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すっかり秋に染まったこの頃。
朝も帰りの夕方も、金木犀の匂いに懐かしくなる。

子供の頃、大嫌いだった金木犀の匂い。
なんだか地味な匂いで、キツくて、しつこい匂いが
子供の私にとって陰気くさいものだった。

今は、懐かしくなるほどだから嫌いじゃない、好きなほう。
それでも匂いが好きなんじゃなくて、懐かしく思い出させてくれる一部として。


さっき、衣替えを終えた。
衣替えというのは、半年に一度やってくる手間のかかるシゴトだ。
今日は、その際に古い写真を見つけて見入ってしまった。
写真の私は若くて、なのに疲れてる。
息子は小さくて、無邪気で、楽しそうな笑い声が聞こえてきそうだ。
どの時代も、本当に貧乏だった。

私は子供の時から貧乏で、おやつはトマトとか芋だったのだ。
だから子供なりに甘いものが食べたくて食べたくて、
考えた末に、私は自分でおやつを作るようになった。
小学生のときには、ケーキもタルトもクレープもシュークリームを作れた。

子供時代の貧乏は、辛くない。自分の責任ではないから。
大人になって、親になってからの貧乏は本当に辛い。
明日、我が子に食べ物がなかったらどうしよう・・・という不安は、
今までのどんな恐怖よりも恐かったし、哀しかった。

オムツの代わりにタオルを巻いたり、ミルクの試供品を貰いにいったり。
私の食べられるものはスパゲティの乾麺を茹でて、
バジルの粉をかけただけのを一日一食、食べれればいいほうだった。
笑えるほどの貧乏。漫画みたいな貧乏。
それが私の青春時代だったのだ。
ただ私を救ってたのは、『絶対に幸せになってやるんだ』という執念かもしれない。

今でも、思う。
お金は大切だ。住むにも、食べるにも、買うにも。
だけど、私の貧乏時代は決して不幸せだったわけじゃなかった。
働いて貰う給料の重みや、たまに食べれる美味しいご飯、温かい布団。
息子が健やかに育っていく、それだけで何もかも上手くいってた。
なのに、私はそれをもっと、もっと、って頑張り過ぎたのだ。
一日の半分に労働を費やし、時間を売りさばいてしまった。
その時のほうが不幸せだったなぁーと思う。
疲れ過ぎた精神は、何にも感じないし、何にも気付かない。

時間は戻らないのだ。どうしたって取り戻せない。
だから、お金より時間のほうが価値がある。


疲れた若い頃の私の写真に、私はもう戻れない。
それは、過ぎた時間でやり直せない。
何より我が子を思って哀しくなった貧乏時代は、優しかった。
一日中働き詰めの頃は、息子がグズッただけで腹立たしかった。
そんなのどちらが不幸せか歴然としている。

写真を見ながら、そう思った。
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なかなか世間の荒波の中で、正義は貫けないものである。
それが、どんなに正しく、どんなに筋が通っているとしても。
言葉に変換するには、ある種の肝が据わってないと出来ないことである。
かくいう私もここでは大口を叩き、正義を振りかざすが、
満員電車に至っては、ガン飛ばすぐらいがせいぜいなのだ。(ごめん。)

私の乗る通勤電車には、多分、最低2人正義のヒーロー&ヒロインがいる。
おばさんは朝の電車で、おじさんは帰りの電車で出くわす。
おばさんは、必ず優先席付近にいて携帯の使用を注意する。
少し離れていようが、構わず必ず注意する。
時々は本や新聞でさえ邪魔だと感じれば、毅然と言い放つ。
おじさんは携帯の着信音が鳴ると、何処から聞こえてくるのかも構わず注意する。
同一人物かは確定出来ないが、どうやらTADも出会ったことがあるらしく、
幼い子を連れたお母さんに席を譲ってやれ、と座ってる人たちに一喝したらしい。
出会えば、毎度そんな光景にお目にかかれるのだ。


そんなこんなで、私は意地が悪いので注意された人の態度を窺ってしまう。
若い子は男の子でも女の子でも、スイマセン・・・と意外と素直。
若いとは言い難い中年世代に片足を突っ込む年代は、ツンケンしながらも従う。
タチ悪いのは、オヤジカテゴリーだ。
オヤジは、無駄にプライドが邪魔をし、無駄に意地を張ってみせる。
面倒くさい。かなり面倒くさい。あぁ面倒クサイ。
あんたが悪いんだから素直に謝れよ、と思ってしまう。

そう、注意される方は全面的に悪い。
マナーやモラルぐらい、則っていこうよ。
だってさ、もうオムツは取れてんでしょ?
排泄はトイレで、食べる時はいただきます、悪いことしたらごめんなさい、だよ。
幼稚園児だって出来るのに、おかしな話になるじゃん!!

って、こんなに暴言吐いちゃった後になんだけど。
正義のおじさん&おばさんは、徹底的に正しいけれど。
何て云うかさ、始めの一撃がケンカ腰なんだよね。
最初から、怒り100%なんだよね。
こうもっと、温和な感じが欲しいよね?
いや、ごもっともなんですけど、言い方っていうか・・・
言い方で、もっと素敵なヒーロー☆って思えたんじゃないかな、と。


いやー、世の中って、やっぱ難しいねぇ。
あたし、冬眠希望。