春の麗らかさに誘われて、大して長くもない髪を切ってみた。
どう言う了見でそうなったのか分からないが、
美容師さんお任せの私の髪型は、自分で自分を辱めたくもないのだが
『ちびまるこちゃん』という表現以外に何も思いつかない、哀しきおかっぱになった。

もちろん、何より嫌なのが会社での評判だ。
いつもは何をしても驚かない同僚たちのくせに、
こんなときほど悪魔のように笑って見えるのはなんでだ。
男子も女子も、ほくそ笑んで「あれ、かわいい!」と、
お世辞も甚だしい言葉をつらつらと、言ってくれる。
ちきしょー!職場じゃなきゃ、ぶってるところだ。

しかも、よりによってなんでだ。
年度末は、打ち上げや送別会、はたまた春の浮かれ飲み会、
顔を出さなきゃならない頻度が多いっていうのに、
こんなときに限って、なんで『まるこ』になっちゃうんだー!!

『まるこ』が嫌いってわけじゃないのに・・・

私のおかっぱまるこの頭を万が一見かけた方は、
『フランス映画のアメリっぽくない?』って言って下さい。
もし、『まるこ』と言ったら後頭部あたりを噛み付きます。

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職場で、女の子を泣かすような奴も、
忙しいからって少しも優しくないTADも、
どしゃぶりに降る雨と私を守る傘も、
やってもやっても決して減らない家事も、
みんな、嫌いです。
強いて言わなくても、ダイッキライです。

今日は、なぜか仕事が楽しくて、みんなと仲良く順調だったのに、
退社30分前に、仲の良い女の子がみんなの前で泣かされた。
あんな言い方をしてはいけないのに、なんで頭を使わないんだろう。
全く、いかれてる。

今週に入ってから、TADがずっとそっけない。仕事で忙殺なのは分かる。
家庭を顧みれないのも分かる。疲れて苛立つのも分かる。
だけど、友人と会う時間や同僚と飲んで朝帰りできることは、
努力すれば時間を作れる、と考えてはいけないんだろうか。
彼も、どうかしてる。

私の中で、今日はこんなに雨が降る予定はない。
傘をさしたのは、ホワイトデーのお返しが濡れないためだ。
そうでなければ、とっくに傘をさすことは諦めてる。
手荷物があるときぐらい、降るな。雨の奴。
雨は、気まぐれ過ぎる。

私の仕事が三件も抱えてて、レポートを四通抱えてて、
TADが連日連夜いないために、家事を助けてもらうこともできないで、
されど、腹は減るし、タオルは減るし、塵は積もるし、食器も汚れるし、
家庭の中で孤軍奮闘しているときほど、やるせなくなるのはどうしてだろう。
そのうち、気違えてやる。


自分だけが、と思う人が大嫌いです。
だから、私を大嫌いになりそうです。

私を嫌いになれば、自ずと私を取り巻くすべてが嫌いになる。
これじゃいけないと何とか取り繕うとするけれど、
できれば、いま述べた全てにパンチしてやりたい。
ぶん殴って、嫌いなんだ!って言ってやりたい。

それが出来ないから、悶々としています。


多分、私は端から見たら物わかりのいいほうだろう。
どうしてもダメなら、もうそれでいいと思ってしまう。
とは言ってみたけれど、それをぶつけても分かり合えないときは
分かり合えないものと諦めてるに過ぎない。
だから、単なる物わかりのいいふりをして生きていることになる。

私がどう思おうが、それはあんまり関係のないことで、
私がそれで傷つく筋合いもなければ、主張を通す必要もない。
こんなことをきちんと考えると、なんて哀しい人なんだと思われかねない。
そこで、言い訳を用意しておこう。

正直に告白すると、世界なんて滅亡してしまえばいいと思ったことがある。
何もかもなくなってしまえば、何かが価値を持つことも意味をもつこともない。
そんな破滅的な思考のときは、大抵、私の気持ちが傷ついているからだ。
私の存在価値が世界のてっぺんにあることを、誰かただ1人でいいから、
変わらずに永遠に、思って欲しいと願っているときは傷ついている。

血の繋がらない他人にこそ、思って欲しい。
もちろん、わたしにとってもその人は私の世界のてっぺんになる。
てっぺんから見る世界を、一度は眺めてみたいものだ。

誰かの世界のてっぺんになってみたい、ということ以外は、
実は私にとって、些細なことがいっぱいと思うことにしている。
私が世界のてっぺんに、多分一生こだわってしまうように、
誰かが私と同じようにこだわってしまうとは思えない。

私じゃない人の主張なんて、私がそう思えないというのと一緒だ。
もし、私と同じ世界のてっぺんを探している人ばかりなら嬉しいけれど、
そうでなくても、私が傷つく筋合いなどないのだ。
それだけのこと、なのだ。



でも私は、誰だって誰かの世界のてっぺんになりたい、
てことぐらいは、分かってるつもり。