この言葉、いわば完全否定をするときに用いる。
そして、云われると少し凹む。
私は、な~んにも無駄はないなぁ―と思ってしまう。
遠回りした分、見る景色がある。知る心がある。
普段、喧嘩してしまうときにも、その時はイヤな気持ちで哀しいけど、相手の何かが見えてくる。それを許す自分が誇らしくなる。それほど愛しているんだ、と確認してしまう。
例え、それが同じ事で生まれた喧嘩でも。繰り返し、繰り返し・・・。 それから思う。
愛すべき人なのだから、全力でぶつかった結果なんだと。
遠回りしない人生は、きっと少し、何が大切か分からなくなったり、何かを見失ってしまうんじゃないか、と。
だから、『無駄』という言葉は寂しくもある。
楽しいことばかりじゃない。
苦しむことだっていっぱいある。
だからこそ、誰かを大切に出来る日常に気づけるとき、その『無駄』と云われる事にこそ発見があると思いたい。
小学生の息子がいる。 産んだと云えば、産んだ。覚えていない。 ウチは、自由人のTAD(=旦那)を筆頭に 好きな時に好きな事をするのが常である。 時に、息子に反映され失敗する事も多々ある。 普段は小学生というリーマンスタイルをとっている彼だが、 私達親にとっては、恐るべき存在なのである。 年度末、持ち帰った学校での成果の数々。 テスト、作品、絵日記・・・うん?? 『出来るようになった事』 えっ。き、気になる~ッ!! 一体、何が出来るようになったんだっっ!? 読み上げると、 「漢字が書けるようになった。忘れ物をしなくなった。この頃、ヒマになった。最近ゴロゴロするようなった。」 先生のコメント。「色々、出来るようになりましたね。」 ゆとり教育反対。 親としての面子は悪いが、彼は人間としては面白い。
人間独特の特徴。 感情の中でも一番、id的な位置にいる。 どうにもならない気持ち、消化不良を起こす心。 だって、愛しているんだもーん!! それだけ想ってる、それだけ気持ちが占拠されているってことじゃん。 だけど、苦しい。時には辛かったり、哀しかったり。 頭では理解出来るけど、心は単純になれない。 でも、実は女の子が嫉妬しているとき、 最後まで「一番大切だよ」と云われれば解消出来る。 問題なのは、大抵の男の子がそこにいくまでに、 挫折&切れる!! あ~ぁ・・・・ そうなんだ。 男の子は責める内容ではなく、責められていることに 我慢出来ない。 残念なことに。 ちなみに、私と喧嘩して仲直りする際に 『3秒以内にこっちを向かないと、殺す』 と云う、強ing my wayな言葉を吐くふざけた男が 初恋の人&旦那さんなんです。