桜が好きだ。

先日、吹雪いた桜を見ただけで、
いつかは桜になるってのもいいな、と思った。

なれるわけないじゃん!とか云う、
つまらない大人にはならないでよ。
なれる、なれない、なんて大きな問題じゃないでしょ。
そんなことは、なんだっていいの。

つまり、私は、なりたいって気持ちが好きなわけ。
猫になりたい、とか、
雨になりたい、とか、
絵の中に住みたい、とか。
ぐうたらした妄想が好きなわけ。

特に最近じゃ、大学のことが終わってしまったから、
ぐうたらしたヒマ暇な時間がいっぱい増えた。

ビバ!!ヒマ暇!サイコー!!

だから、最近じゃ、
『ひまなんだよね~』って云うのも好き。

やることなくて、アワアワしている自分も笑えるし。

それで、次は何をやってみようか・・・?と
やってみたい頭のリストを思い浮かべるのも好き。

大量に買い込むつもりの本が、大量に買えなくて、
それにちょっと不満を覚えた気持ちも面白かったな。










だけど、人はね、
『独り』と『一人』って言葉があるようにね、
寂しい気持ちって、とっても重要だと思うんだ。

寂しさは、気づかずに心に忍び込んできて、
気づいたときには、
耐えられない寂しさがそこにあるんだろうけれど、
もし、そうだとするのなら、
もし、あなたもそうだとしたら、
そういう自分を大事に思ってみませんか。


私は、あなたの悲しい顔も、その寂しさも、
やっぱり、好きです。






このようなことを書く日が来るなど、
かつての私なら信じられないことだ、とだけ言っておこう。
また、食事をしながら読んで頂くことは差し控えていただきたい。

これから打ち明けることは、エロではないほうの下ネタである。

とにかく、男子というものはエロネタと同じぐらい、
そちらの話が好物である。
それは、中学生から始まり、中年に至っても健在なのである。

女子といえば、そちらの話はほとんど悩みである。
そんなに親しくない間柄であっても、躊躇なく、
『便秘解消法』なるものを、得々と披露してくれる。
そして、それを共有することによって、
少しの距離が縮まることは否めないのだ。

ところが、私にはそのような悩みを持ったことがなく、
思春期の頃に披露される便秘への悩みや迷いを、
私は打ち明けられる一方で、自分のことに関してはちっとも、
打ち明けるものがなかった。
便秘ネタを嬉々として話す友人を、とかく横目で見る立場だったのだ。

それは、高校生になっても相変わらずで、
出た、出ない、出そう、といった類の話を、ドキドキしながら聞いたもんである。
そして、それを軽々しく口に出来る女子たちを、ある意味では、
羨望と憧れの眼差しで温かく見守っていた。

大人になっても、深刻そうな悩みはほとんどの場合、便秘、である。
四六時中、出ない、出ない、出ない、と悩み続けては、
トイレを行く度に、誰かに報告するといった塩梅である。

しかしながら、私にもそのような危機に陥るようになった。
これまでの彼女らのように、四六時中、それに夢中となる。
寝ても覚めても、なぜ、あの人に会えないの・・・と、
恋する乙女気分となっている己に、少しの安堵と苛立ちを覚える。
なるほど。なるほど。
これが、便秘と云われる恋なのか。(?)

ところが、私の場合、
『恋する乙女的焦燥感とつれない私の大腸による便秘1年生』なので、
なんら駆け引きも攻略も持たないわけで、
原始的な、水分を多めに取ろう!、
ってことぐらいの解決方法しか知らないが、
何が言いたいのかといえば、それはもちろん、
『わたくしも晴れて、女子の仲間入りを果たしました』
ってことにほかならない。









『ジョイナス!』って言葉が、
掃除機をかけてるときに突然浮かんで、
『一体どんな意味なんだろ・・・?』と気になって仕方が無いので、
掃除機を放り出して調べてみるも、検討がつかない。

joy us!が総じてなったのか・・?と独りで考えるも、
だんだん、どうでも良くなってきてしまった。

こうやって、色んなことが突然に浮かんできては、
しょうもないことだったりすることばかりで、
結局は、知識の倉庫にはちっとも積もらないで、
また、忘れた頃に再度、調べてしまうバカのループを私は持っている。

言葉には、意味の無い言葉があったりする。
たとえば、突然に「むらさきだな・・」と言ってみるも、
紫色を見つけたわけではなく、また思い出したわけではない。
単に、口から出た言葉がたまたま「むらさき」と発してみただけで、
それは、色でも名前でもなく、語感のみなのである。

こうして、本来の私はあまり意味の無い言葉を自由に発するため、
そのような場が本当に居たい場所なのである。
そして、バカのループと語感のみの言葉を許して欲しい。

このような私を一切知らない職場の同僚には、
絶対に言えない。
あー辛い。






どうでもいいことを、とうとうと考え、
私の記憶も意識も、すべて消せたらいいのになー。

私は、私を嫌いじゃないけれど、
でも、私にとっても疲れて、
私じゃない誰かだったら、誰でもいいときがあるのだ。
悲しい、の一言が誰にも言えない。
泣いてしまいたいのに、泣けない。
すっごく不安定なのに、平気な顔をする自分が、
病気になってしまうほど弱くも無く、
ここで弱音を吐かなくていいほど、強い人間でもない。

どちらかになれる人間だったらいいのに、って、
それぐらいの願望は、あってもいいよね。