喧嘩両成敗って、納得いかない。
多分、小さい頃から姉である私はそれでごまかされてきたから。
原因が無ければ、喧嘩なんていうものはエネルギーを消費するだけだからしない。
面倒だし、それに囚われる時間があるなら、他の事をしてたい。
でも、してしまうのが常で。
私は、私なりのルールがある。
まず喧嘩しているからといって、云ってはいけない言葉がある。
それから、明日には持ち越さない。
そして、相手がどんなに悪くても『ごめんね』と云われたら許す。
これが、私の三箇条である。

喧嘩をすると、どうしたって嫌な気持ちになるし、苛立ったり悲しくなったりする。

そんな気持ちで過ごすのが、たまらなく我慢ならない。

だから許してほしいし、許したい。

云ってはいけない言葉というのは、最低限のマナーであり守れないのなら喧嘩なんてしないほうがいい。

明日に持ち越さないのは、色んなタイミングを逃すし、何より明日も嫌な気分を持って過ごすのは辛い。

それに、相手が踏ん張って謝ったことを受け止めないのは、大人げないし優しくない。


大人になって、いいなぁ~って思うのは。

仲直り出来ない喧嘩などする必要がないってことかな。

いくら議論したって、たくさんの言葉を云ったって。

仲直りが出来ないのなら、それは既に分かり合おうとしていないことだから。

息子が4歳ぐらいのときだった。
買ったばかりのシャボン玉を、ベランダで全部こぼしてしまった。
小さな息子はもちろん、びぇ~んッ!!と大泣きした。
私はちょっと待っててね、と云って台所で食器洗剤を容器に入れて、息子に渡した。
息子はすっかり元に戻ったと驚いて、どうやったの?と聞いてきた。
私は、『魔法を使ったんだよ』と云った。
息子があんまりにも嬉しそうに、
『本当っ?ママは魔法使いなのっ?』
って、キラキラした顔で云うものだから
『そうだよ!!だけど、誰にも言っちゃダメだよ。2人の秘密ね』と、云ってしまった。
悪気は無かったんだけど、あの屈託のない顔を守りたかったから。
それからは、何度か魔法を使った。
何年かして、ハリーポッターを観に行ったとき。
息子が真剣な顔をして、
『僕も大きくなったら、魔法の学校に行きたいんだけど。そしたら、ママ寂しい?』と、聞かれて
『うーん?寂しいけど、我慢出来る!!』と云うしかなかった。
私の吐いた嘘が、ここまで彼を真剣に思い込ませるとは。

本日、息子は云った。
『あ!!宿題が何だったか忘れた・・ママ、魔法で調べてくんない?』
息子は、あの頃の彼じゃなくなっていた。

思いついたように、私はどんな人か聞いてみたりする。
大人で子供、そう云われてしまう。
時々、自分でも手に負えないほど自分を持て余す。
国語辞典をめくってたら、『内柔外剛』という言葉があった。
本当は気が弱いが、外に出た態度が強く見える・・=私じゃん!!

私には不安が蘇る道がある。
TADから不安な言葉や哀しい言葉を放たれたとき、歩いた道。
紛らわすために聴いた音楽。
昨夜TADを迎えに行くとき、道も音楽も夜の暗さも同じだったからフラッシュバックしてしまった。
私が捨てて欲しい写真で喧嘩した後の数週間、その後いくつか云われた言葉は何度だって頭の中でグルグル回っては、私の心にしまいこんだ。
それは今、傍にいる私が傷ついてまでも大事にしたいものなの?
捨ててしまうと依存するのなら、私は少しだって特別なんかじゃない。
私は、もしかしたら此処が居場所ではないのかもしれない。
あの時に生まれた気持ちは、消化不良を起こして吐き戻したくなる。
愛されていないわけじゃない。
大切にされてないわけじゃない。
でもあの時の気持ちが駄々をこねたように、此処にいる私を苦しめる。
笑っているはずなのに、哀しくて仕方ない。