皆様、お久しぶりです。
久しぶりすぎてはじめましての方がよいかもしれません。
っていうか、読んでくれている方がいるかも微妙ですが。


さて、幸せへの階段終了です。
本当はもっと書きたい話もあったんですが、どう書いていいか悩み、最終回とさせていただきました。

ただ、先にも書きましたように書きたい話がまだあるので、またそれは幸せへの階段番外編として書かせて頂こうと思っています。


はじめて艶がの二次小説を書き、文章が話の続きで切れていたり、放置しまくったり、他にも至らない点だらけでした。
これからもたまに書いて行きたいと思っているので見ていただけると嬉しいです。

まずは番外編を書く予定です。


読んで頂いてありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。



秋斉さんと二人自室で待っていると階下から、父が帰宅した声が聞こえ、
「秋斉さん、そろそろ下に行きますか?」
と私が聞くと同時に母の私達を呼ぶ声が聞こえ、秋斉さんと共に階下に行く。


「藍屋さん、いらっしゃい。」

「お邪魔しています。」

そう挨拶を交わし席に着く。


「○○も家を出て行ってしまうのか。」

「もう、お父さん○○はまだお嫁に行くわけじゃないんだから。」

「すみません。」

「藍屋さん、謝らないでください。
○○が家を出て行ってしまうのは寂しいけれど藍屋さんと居ると○○、とても幸せそうなんですよ。○○をよろしくお願いしますね。」


「はい、○○さんは命に代えても守り抜きます。」


「秋斉さん、ありがとうございます。」
そうハニカミながら伝える。

すると父が
「藍屋さん、今日は一緒にのもう!」


こうして、私の合格祝いは楽しく過ぎていった。

3月後半、私は秋斉さんと共に京都に引越しをして、大学で歴史学を学んだ。

大学を卒業して私はタレントを辞め、秋斉さんと結婚式を挙げた。

そして—

「最後の将軍徳川慶喜は、日本を守るため大阪城から江戸へと帰りました。これは逃げたと良く言われますが、後に明治政府の役人である結城翔太が言うように英断であったと私は思います。その後も慶喜は謹慎を続け、自らが表舞台に出ては近代化が進まないと考え、爵位が与えられしばらくしても表にでることはありませんでした。」

「藍屋先生、徳川慶喜は様々な決断をしてきて、どれも素晴らしいものですが当時の家臣は反対していました。だから決断は必然的に一人でしていたものと考えられますが、私はこんな大変な決断を一人でするのは無理だと思うんです。」


「そうですね、確かに難しいと思います。私は慶喜には優秀な参謀がいたんだと思いますよ。」


私は、あの幕末をみんなに伝えたい、そういう思いで教鞭を執っている。
教科書に載っていないことを見てきた私にしか伝えられない沢山のことがある。


みんなが作ってくれた平和な世の中で私は今日も秋斉さんと二人手を取り合い幸せに暮らしている。
秋斉さんとのぼってきた幸せへの階段は辛いことが沢山あった。
これからも辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと沢山あると思う、ケンカもするかもしれない。
でも秋斉さんと二人ならずっと一緒にいられる。
これからも二人幸せへの階段を登っていこう。


Fin.
私たちは東京に帰ってきた。
京都ではみんなのお墓参りが出来たし島原にも行くことが出来て気持ちの整理をすることが出来た。
また改めて慶喜さんのお墓には秋斉さんとお参りに行く約束をした。
そして私は大学に合格することが出来た。
春からは秋斉さんと一緒に暮らすことが出来る。
私たちは京都に住んでタレントの仕事がある時には東京に行くということにした。
今日は両親が秋斉さんを招いて私の合格祝いをしてくれるというのでもうすぐ秋斉さんが私の家に来てくれる。
玄関のチャイムが鳴り、
「○○、藍屋さんがみえたわよ。」
「はーい、今行きまーす。」
私は二階の自分の部屋から母にそう答え一階のリビングへと急ぐ。
「秋斉さん、ようこそ。」
「○○、合格おめでとう。」
秋斉さんはそう言って白い大きな箱を私にくれた。
中を開けてみるとイチゴのショートケーキがワンホール入っていた。
「秋斉さん、ありがとうございます!」
「まぁ、藍屋さんありがとうございます。」
そう母が秋斉さんに言ってケーキを受け取りながら
「まだ主人が帰ってきていないので、よかったら○○の部屋でくつろいで下さい。」
と言うので
「お母さん、私なんか手伝わなくていいの?」
「いいのよ、今日はあなたの合格祝いなんだから。」
そう言ってくれたので秋斉さんと私の部屋に行くことにした。
「すみません、私に何かお手伝いできることがあればなんでもしますので。」
「藍屋さん、気にしないで下さい。むしろお土産を頂いてありがとうございます。あまりおもてなしは出来ないかもしれませんが、どうぞゆっくりして行って下さいね。」
そう秋斉さんと母が会話しているのを聞いて、ちょっと安心する。
秋斉さんが家にあがるのははじめてで、この間両親と会って貰ったのはレストランだった。
はじめに会った時は両親は私と秋斉さんの交際に反対していて家にあげるのは嫌だと言ってレストランで食事をすることになった。
こちらに帰ってきて私は高校生に戻ってしまったし、秋斉さんとは13歳も離れているし、まして修学旅行から帰って急に彼氏が出来たものだから両親は反対していたのだ。
でも秋斉さんの人柄と私のいつにない真剣さに両親は交際を認めてくれた。

ご無沙汰していました。
テスト勉強などでなかなか更新出来なくてすみません。
また途中切れていた部分も挙げ直しましたのでよかったら読んで下さい。
今回は秋斉さんが主人公ちゃんの家に遊びに来ました。
次回も主人公ちゃんの家編です。
テストも残り2教科となり、
久しぶりの更新でした。
今回も読んで頂きありがとうございました咲良の妄想世界-0191.gif
翔太くんはバスケ部の
エースで私の幼なじみなのにね。」


そう幕末から私が帰ると
誰も翔太くんのことを覚えては
いなかった。
クラスメートも私の両親も
翔太くんの家族でさえも。

帰ってきたこの時代では
翔太くんは明治新政府の
役人だった。


そんな翔太くんを私は
すごいと思ったけれど
同時にやっぱり寂しかった。
彼のお墓の前に立つとなおさら。


「結城くん、
慶喜の所へよく遊びに
行ってくれたそうだね。
ありがとう。」


そう、
私がこちらに帰ってきてからの歴史は
“明治新政府の結城翔太は
坂本龍馬の意志を受け継ぎ
また最後の将軍徳川慶喜の助言を
受け旧幕府、新政府両方の意見を
聞き日本の近代化を進めた”
となっていたのだ。


翔太くんは秋斉さんや慶喜さんの
やってきたことを受け継いでくれた。
形は変わってしまったが
私たちは歴史を変えた。
よりよいほうに。


翔太くんのお陰で
秋斉さんが慶喜さんに
してきたことは無駄には
ならなかったのだ。


そして次の日
私たちは霊山護国神社に行った。
ここには龍馬さんや高杉さん、
維新の志士たちが眠っている。
高杉さんが私がまだ幕末に
いるときに結核で亡くなったと
知った時にはとても驚いたし
悲しかった。
龍馬さんが亡くなった時は
置屋に翔太くんが来て
悲しみを分かち合った。
そして大阪から江戸に
行く途中に幕軍の兵士に
慶喜さんと秋斉さんが
斬りかかられたときは
翔太くんが龍馬さんの銃で
助けてくれなかったら
彼は今こうして生きていなかった。
そしてそんな私の大切な
幼なじみである翔太くんのお墓が
龍馬さんのお墓の隣にある。
「翔太くん、
私ね京都の大学を
受けたんだ。
翔太くんやみんなが
生きたあの時代をみんなに
伝えて行きたいんだ。
今日はね秋斉さんと一緒に
みんなに会いに来たんだ。
翔太くんのこと
クラスのみんな覚えて
いなかったよ。
翔太くんは私と一緒に
幕末に行って龍馬さんと
旅をしてあの時代の人と
生きたのに。
翔太くんはバスケ部の


続いて私たちは
新撰組の屯所である。
前川邸、八木邸に向かった。


私と翔太くんが
幕末にタイムスリップしたときに
翔太くんとはぐれちゃって
ここに連れてこられたんだよな。


あのときは土方さんも沖田さんも
怖かったなぁ。

慶喜さんが来てくれなかったら
私はどうなっていたんだろう。


でも土方さんも沖田さんも
本当は優しい人であのあとは
よく屯所にも遊びにいったし
新撰組のお座敷にも
よく呼んでもらっていたな。


そして壬生寺に向かった。
壬生寺には芹沢さんのお墓や
新撰組の隊士さんのお墓がある。


秋斉さんとお参りをした。
まさか時代を越えて
秋斉さんとこうして
新撰組隊士さんの
お墓参りをするとは
思っていなかった。


「今日はもう暗くなってきたから
宿に参りまひょか。
また明日皆さんのお参りをしまひょ。」


そういう秋斉さんの言葉に
頷き私たちは壬生寺をあとにした。


そして秋斉さんは私を
湯豆腐の美味しい
お店に連れて行ってくれた。


「素敵なお店ですね。」


「あんさんの“じゅけん”を
労ったろうと思いましてな。」


「ありがとうございます。」


「結果が出るまでは
ゆっくりしたらよろし。
まあわてはあんさんなら
大丈夫やろと思ってますけどな。」





前回の記事には沢山のコメントを
いただきありがとうございました♪

今回はなんとも内容がなくすみません。
次も京都編続きます。


今日は久しぶりに
外食に行って参ります。

高校時代の友人のお誕生日なのです。


前回の短編の秋斉さんの言うように
美味しいもの食べてきますね。

今回も読んで頂き
ありがとうございました咲良の妄想世界-0191.gif



市バスを島原口で降りて
大門を目指す。


しばらく歩くと閑静な
住宅街の中に大門が見えてくる。


「ここも変わってしまったな。」


秋斉さんがそう呟き
私は無言でうなずく。


今島原には輪違屋さんと
角屋さんしか残っていない。


輪違屋さんは今は太夫専用の
置屋兼お茶屋で見学は出来ない。


角屋さんは今は
資料館として営業している。


私も角屋さんには何回か
あがったことがあったし
角屋さんは新撰組の人たちが
よくお座敷を開いていた。

角屋さんに入ると
二階は予約制だが人数に
余裕があるというので
私たちも見学させて
貰うことにした。


係の人の案内で
二階へ行く。

よくこの階段を緊張しながら
上がったなぁ。


二階に着くと係の人が
説明をしてくれる。


係の人の説明と同時に
あの頃が蘇ってくる。


あぁお座敷はあの頃のままだ。

青貝の間に入ると
あぁまだ残っているんだ。
新撰組の人の刀傷。

近藤さんが
新撰組の飲み代が莫大に
なってしまい今までの
ツケを払ったあとに
これから新撰組がツケでと
言ってもツケで
飲ませないでくれという
手紙を角屋さんに送ったのを
しらない若い隊士さんが
見回りと称し角屋さんの
お座敷に上がってツケで
飲ませてくれないものだから
怒って刀傷を付けていったんだ。

あのときは大変だったなぁ。


そして一階へと降り
松の間に。

ここは新撰組の芹沢さん
最後のお座敷だ。

近藤さん一派が
京都守護職である
会津公の命により
芹沢さん一派を
粛正するときに
芹沢さん一派を
酔わせるために開いた宴会が
ここで行われたんだ。


揚屋さんには
泊まれないから
屯所である八木邸に帰り
寝ているところを
斬られたんだよな。


芹沢さんもお酒を
飲まなければいい人だったのにな。


角屋さんを出て
藍屋のあった辺りへいく。
そこは今は空き地になっていた。


毎朝お掃除を
頑張った藍屋の玄関。

秋斉さんに会いたくて
用事を見つけては訪ねていた
秋斉さんの部屋。

自分の部屋。

花里ちゃんの部屋。

菖浦姐さんの部屋。

秋斉さんとお月見した縁側。
縁側では雪見もした。

慶喜さんは置屋に遊びに
きては秋斉さんに小言を
言われてた。
でも二人ともなんだか
楽しそうだった。


こんな沢山の思い出が詰まった
私の幕末での実家。


もう何も残っていなかった。


花里ちゃん、
菖浦姐さん、
番頭さん、
新造仲間達、
禿の子達、
姐さん達。


みんなを思って涙が
止まらなかった。


みんな、私は秋斉さんと
幸せに暮らしています。
もっと早くに来なくて
ごめんなさい。
秋斉さんは私よりも
つらいと思う。
なのに静かに抱きしめて
私の涙を拭ってくれていた。


秋斉さんとカフェでお茶をしながら
私はこれからの予定を話す。
「ねぇ、秋斉さん
これから島原に行ってみませんか?
それから私今日は新撰組の屯所にも
行きたいです。明日は京にいる
みんなのお墓参りに行きたい。
一緒に行ってくれませんか?」
「ええよ。一緒に行きまひょ。
京はわてとあんさんが出会った
場所やし、わても皆はんに
挨拶したいと思っていたんや。」
そして私たちは
市バスに乗り島原を目指す。
今は便利だな。
幕末だったら歩くしか
移動手段はなかったのに。
なんて私が考えていると、
秋斉さんが
「便利になったもんやな。」
そう呟く。
私は一瞬自分の発言が
声に出ていたのかと考えたが
どうやらそうではないらしい。
「今私も同じこと考えていました。」
そう言ってふたりで
小さく笑う。
市バスを島

そんなことを考えながら
受験した大学の正門へと
向かうとそこに見覚えの
ある人影を見つけた。


「あきなりさん?」


「○○はん!
待ってましたんえ。」


「どうして秋斉さんがここに?」

「○○が心配で。
わては“じゅけん”は
したことおまへんけど
大学に入るために必要なんやろ?
それで心配で来てしまったんや。」


そう照れながら言う秋斉さんに
思わず笑みがこぼれた。


「ふふふ、秋斉さん
ありがとうございます。」


私は暖かい気持ちになりながら

「秋斉さん、
お茶しにいきませんか?
終わって安心したら
お腹空いちゃいました。」


そう秋斉さんに言うと

「それもそうやな。」
そう秋斉さんは言いながら
私の手を取って歩き始めた。



秋斉さんに一緒に暮らそうと
言われて私はますます
受験勉強にやる気が出た。

不純な理由かもしれないけれど
今までしたことがないくらい
勉強をした。



そして試験当日。

やるだけのことは
やったんだし、
悔いは残っていない。

あとは結果を待つだけだ。


両親に今日は京都に
泊まると行ってきた。


幕末から帰ってきて
一度も京都に来られなかったし
なんだかちょっと怖かった。

普通に歩いていた京の町が
替わってしまっていたから。

修学旅行の残りの行程も
自由行動だったので
ほとんどどこにも行ってないし
それに秋斉さんと一緒に
帰って来たこともあって
友達や先生には内緒で
秋斉さんの着替えなどを
買いに行っていた。
京都では観光客など着物の人も
ちらほらいるけれど
東京に戻るのに
着物では目立ってしまうから。



そんなことを考えながら