「学ばざれば便ち老いて衰う」―近思録 | 明日通信

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 「学ばざれば便ち老いて衰う」―近思録

   (守屋洋著「中國古典 一日一言」より PHP文庫)

 

・不学便老而衰(まなばざればすなわちおいておとろう)

 

「老いて衰う」とは、読んで字のごとく老衰である。流行のことばを使えば、ボケ老人である。ボケがなぜ生ずるのか、生理学のうえではむずかしい議論もあるようだが、ボケを防ぐ方法としてはたしかに「学ぶ」ということも有効であるかもしれない。

「学ぶ」というのは、必ずしも本を読み、学問をすることだけを意味してはいない。要するに、何かを身につけ、自分を向上させようとする意欲である。この意欲のあるなしが問題なのだ。意欲があれば、たえず精神的な緊張感を持続させることができ、それがよい結果に結びつくのである。

七十歳ぐらいの熟年層を見ていると、ヨボヨボの人もいれば、どう見ても五十代にしか見えない人もいて、ずいぶん個人差が激しい。それは要するに、前向きに意欲をもって生きているかどうかのちがいからきているように思われる。なんでもいいから生涯にわたって打ち込める対象を、早いうちに見つけておきたい。(原文ママ)

 ・便ち=すなわち

 

・今年の年賀状で「シニア大学7年目、がんばってます」と書いて送ってきてくれた5歳下の友人に、今日、ゴルフコンペで再会した。僕は、手術など体調の問題もあって10カ月ぶりだったが、「もうすぐ73歳のカケラ」も見えず、とにかく明るくて元気。7年間で何を学んだ? これだけの時間があれば生真面目な歴史や文学だけでなく、料理、工作、呑みに遊びも、多すぎて忘れてしまうほどだけど、それらに費やした時間が元気のエネルギーになっているようだった。「学び」を忘れてはならないね。