明日通信

明日通信

あすへ...

 寝転んで新聞を読んでいて脇のスマホを見るため広げた新聞を代わりに下ろした途端、脚を組んでいるのに気がついた。

 無意識に脚を立て、左脚の上に右脚を載せていたんだろう。

 多分、この一文を読んでいただいている方は、何のこっちゃ、脚を組むのにおかしいことあるか、と思われるに違いない。

 しかし僕には驚きのことなのだ。何せ、寝転んでどころか椅子に座ってもほとんど脚を組んだことがないからなのだ。日本人離れした長い脚ならいいのだが外人離れした脚‥‥‥いや、それもないとは言えないが、組めない理由は筋肉質の固く太い脚で、スマートな組み脚ができず組むとすれば片脚をL字に載せるだけ。

 椅子やソファなどに座って脚を組むとその筋のオニイサンに間違われる格好になり、電車などで組むと隣席の方に迷惑がかかる。十代からそんな脚だったので組めなかったわけだ。

 太ももやふくらはぎが如何に太いか、つい数年前までロートルの新聞仲間、経営仲間があつまると繰り返し話題に持ち出され、仲間によってはわざわざ勝手にズボンを持ち上げ、仲間入りした人にみせて自慢話するほどだった。

 そんな脚だったはずなのに知らず組んでいた、組めるようになっていたのにわれながら驚いたわけである。

 理由はここ数年の体調異変や入院で体重が8余り落ちたこと、それに年齢からきたのかなと。

 しかし僕はスポーツで足腰や肩など壊しているが脚も腕も胸も筋骨隆々、そのイメージを壊したくない。腕や胸は鉄アレイでトレーニングをはじめ回復しつつあるが脚がこのままでは‥‥‥今日から始めなくては、それにしても柔らかい脚になったものだ、いささかショックを受けた次第。



 

 明日からセのリーグ戦に戻る。正直な気持ち、戻ったからといって光明は見えてこないんじゃないか、心配が先に立つ。

 明日から首位と僅差、3位のスワローズと神宮で三連戦。ニュースでは第一戦の先発はターノック。二戦森下、三戦岡本。森下、岡本は安定しているから、この二人が打たれれば観念するしかない。

 

 問題はターノック。勝てない、途中で崩れる。どこが悪いのかね。コントロールはいい。ストライクゾーンで勝負できる。球も早い。球種も豊富。なのに先般も好投していて4回、突然崩れる。多分、捕手をはじめバックの野手との信頼関係が出来上がっておらず、孤立感が相手につけいるスキを与えたように思えた。野手がプレー中のコンタクトを多くすれば期待に応えてくれるように思うのだがね。

 

 それより問題なのは「打」。「ただ打てない」のではなく「チャンスにみんな揃って打てない」ということだ。一昨日のセ・パ交流最終日のハム戦。早い回から得点チャンスは二度三度。三連敗した西武戦、ソフトバンク戦、ロッテ戦に至ってはそのチャンスの1回、2回でも活かしていたら三連敗ではなく三連勝だってあったのでは。

 

 なぜ打てないか、大事な場面で一本が出ないか。先に対戦した日ハム、三連敗した西武、ソフトバンクの選手とカープの選手の打者としての姿勢の違いにあると感じたね。カープの選手は自分のバッティングでヒットを狙い得点に結び付けようとしているのに対し、パの三チームの選手は自分のバッティングを崩さないにしても、塁上のランナーを一つでも前に進めるため右打者が右打ちを、しかも内野の頭を越すヒットをしつこく狙ったり、野手の間を抜くための工夫こらしていたことだ。

 

 テレビ放送の元プロ野球監督の解説者も、他のチームの対戦でベテランの気ままなバッティングに「なぜライト方向へ打とうとしなかったか」と痛烈な批評を口にしていた。チームが勝つためにまとまり、勝つために一人一人何をすべきか、それが理解できず、失敗でも実行しない選手は、実績あるベテランといえども外すべきだとまで言っておられた。

 カープの選手にそれが見られず、指揮官も徹底できていない。それが今のカープといえるのではないだろうか。

 

 いずれにしても明日から野手メンバーをそろえ、先ずは首位のスワローズとぶつかることになる。今、打って、相手に向かって、犠牲も厭わず、何をすべきかを考えながら必死に戦っている。そんな姿が感じられるのは名原だけかも。

 毎回のオーダーを見ていると「もしかして打つかも」「最近好調だから」「昨日、よく打ったから」先発に、いい打順に、代打に起用という思惑が感じられる。

 

 その代表格がモンテロ。同じパターンの三振を繰り返し、どのチームのどの投手も最後の球は外の落ちる球もしくは顔をかすめるような内角高めの球。10本の内9本、空振り三振する。進歩なく、もしかすると日本の野球に通用しないのでは。であれば替わりに若手の伸び盛りをファームから上げて根気よく使い続ける方が明日につながるように思う。若手を積極的に起用し、新鮮な気分で野球に打ち込ませばチームがまとまり、プレーを徹底させれば素直に従うことで勝ちが一つでも多くなり、選手を元気づけるクスリになる。

 チームが活気づけば眠っている有望な選手が次々、目を覚まし、強いカープが……。

 

 正月はとっくに過ぎて、今は年半ばだが「遅い初夢」をみようとしているのかな。

この実も命が……美味しくいただきました

 

 

 先日の話。食後、テレビを観ていて「お年寄りの抑うつ」の話を専門医がしておられた。体の機能が歳を重ねるごとに落ちてきた、介護受けなければならなくなってきた、死ぬかも知れない、そんな不安にかられ、考えれば考えるほど不安は大きくなり気分が萎えてくる。それを重ねているうちに「抑うつ」症状が出てくるという、そんな話だった。

 

 一緒に観ていた家内が、

 「オトーサンには関係ない話ね」と僕の顔を覗き込みながら言った。

 「それはオカーサンもやで。オトーサンの“ノー天”に染まってしまったからなあ」

 「イエ、私はまだ、『体が動かなくなったらどうしよう』と不安でねえ」

 「イヤ、そう言いながら、そんな話に僕と一緒にのん気な顔して聞いてるもんな」

 

 というのも、僕は「老いる」「病む」「死ぬ」の順を二十歳を迎える前にして逆から考えるようになった。スポーツで体を壊し、半身マヒの治らぬ病といわれ、見捨てられた思いで「それなら自分で治してみせる」と中国路、四国路、山陰・北陸路、紀州路を歩き続け、山へ登り、体を痛めつける逆療法で治して見せたけれど、一方で楽になる死地を求めていたように思う。

 

 しかし、半身の軽いマヒを抱えたまま生きながらえたけれど「人は時が来れば死ぬもの、痛みも苦しみもない平穏の地にかえるもの」と思い続け、生きることは希望あり、楽しいこともいっぱいあるけれど、同時に病ありケガありの苦しみもあり、またその苦しみは老いとともに数を増し、深刻度をましていく。

 

 そう納得すれば人間、老いによってそれまでできていたことができなくなる、聞こえなくなる、見えなくなるのは当たり前と思えばいいものを、それを声高にボヤき、嘆くことで、かえってわが身を追い込むことになる。

 

 であれば「できない」ことを認め、笑い飛ばせばいい。まわりの手助けを頼み、感謝すればいい。その“お気楽”が気分を解放し、忘れていた若さを取り戻すことにもなる。

 

 「老い」は50歳、60歳から始まるのではない。人の「成長」はせいぜい20歳前後まで。後は「老いの長い坂」を下るだけ。人によりけりだが急坂が増すのは50、60の年齢というところだろう。その坂の向こうに「死」という谷があり、否応なく近づいている。どうせ向かい合う谷をビクビク怖れてどうする。「いつかな」「もうすぐかな」と思い悩むより、その向かい合う瞬間まで「存分楽しんでおこう」の方がよほどましだ。

 

 ノー天を自認する僕の真骨頂はそこにある。そんな思いにかこつけ、我がオカーサンに何十年と話続けている。ノー天がオカーサンの身に沁みこまないはずがない。そう、我が家は二人してノー天なのである。

 

 だから先の心配なんて……そんな心配するより何事につけナ~ンも深刻に考えず笑ってやり過ごそうなんです。残り人生、指折り数えず、気楽にいきましょう、ですよ。

助っ人ももっと本質を見抜いて選んでほしいね

 

 昨夜のセ・パ交流戦、最後の日ハムとの対戦は雨で流れたゲーム分だったが0対2で敗れた。新井監督は「やはりパ・リーグのチームは強い」というようなコメントを口にしたようだが、厳しい言い方をすれば5勝12敗1分、大敗けの言い訳に聞こえてしまう。

 

 0敗は今季8度目とか。それと同時に気になるのは得点力が弱く、2、3点止まりが多いことだ。投手が頑張って投げて1点、2点で抑えても打線が応えられず敗戦投手になり、こうしたことが続くとあきらめの投球になるだけでなくFA権を獲得すれば出ていくことばかり考える投手が多くなり、カープがますます弱体化していくことになる。

 

 その意味でカープの焦眉の課題は打者を育てることにある。元々、カープは有望な選手がよく育った。代表的なのが山本浩二、衣笠、水谷、三村、高橋(慶彦)、小早川、野村、前田、江藤、金本、緒方、東出、新井、菊池、田中、丸、鈴木、西川などなど。長距離打者だけでなく打って走って好機をつくる“業師”といわれる好打者など球界を代表する選手がよく育つため、他球団からうらやましがられたものだ。

 

 こういう言い方をすれば今の選手に失礼に当たるが、1、2の選手を除いて球界から注目される選手が見当たらないし、育ってこない。才能的にこんなはずがないのに能力が開花しない。何か必ず要因があるはず。それを探し出して開花させ、活躍させることだろう。

 

 何せ、カープのベテラン、中堅選手は今、菊池、野間、坂倉を除いていなくなったに等しい。であればとにかく若手を育てることだろう。19日のセのリーグ戦再開からまた佐藤選手があがってくるそうだ。6月初め、打てずファーム行きとなった。ファームでは11戦3割を超える高打率でホームラン2本、この実績を買われまたまた一軍復帰となったが、一軍では代打とゲーム後半の守備固めの出場が多く、安定して打席に立てず、一打席の結果で一軍とファームを往復では持てる能力を発揮できず、優れた能力まで潰してしまうことになる。

 

 今のチームが成績的に限界なら、将来を見据え有望な若手が腰を据えて野球に取り組めるようなチーム作りに取り組んでほしいなと思う。

『ハルメク』の表紙より

息子夫婦が下げてきたでかいスイカ

 

 先週、『ハルメク』7月号を郵送で受け取ってから、家内は家事の合間、広げたページを熱心に読み漁り、途中から誌面とスマホを見比べ打っては首を傾げていました。

 

 「多分な」、僕は毎日、新聞を広告を含めニュースの隅から隅まで読んでいますから『ハルメク』の広告も見ており、今月号の頭に「スマホ操作の“わからない”を全部解決! 実は簡単! AIの基本の(き)」とあったのを確認していました。

 

 その内容は詳しくわからないけど、なにせややこしいスマホ操作、僕らが困った時はすべて近くの息子頼みですから、同じテーブルに新聞を広げ読んでいる僕に、

 「オトーサン」、スマホ操作の助けを求めて声をかけてきたのを咄嗟に判断、

 「分からん、僕に聞いてもムダ」

 家内はそれを百も承知しているから、

 「そやね」で終わってしまい、あきらめの表情でいつ顔を出すかわからない息子を待つことにしたようでした。

 

 ところが、いつやって来るかわからない息子が日曜の夜、でかいスイカを下げて、夫婦でやってきました。ショッピングセンターへ買い物のついでに、と言ってましたが「年寄りのおふくろ、おやじ、ビョーキのその後、どないなってんやろ」気にかけて顔をだしたんだと思います。息子も嫁も「エライ元気そうやん」の顔つき。

 

 そんなのはどうでもよし。喜んだのは家内。まさに首を長くして待ってました。

 「このスマホの…ストアの…AIの…」

 『ハルメク』を広げて、要領を得ない説明。息子は聞くより、本をわずかなぞるように目を通すなりチャチャ、ものの数分で、家内の望みをかなえました。

 

 そうです、AIのアプリを設定して、要は万能の知恵を活用できるようにしたわけです。さっそく、家内、AIを開くと、どんな言葉が出てきたと思いますか。

 驚くなかれ、

 「こんにちは、AIです」の挨拶に始まって、分からないこと、知りたいこと、困ったことがあれば何でも相談してくださいね、ですって。

 思わず、

 「スマホの中かその向こうに人がいるのと違う!? それにしても賢いAIという友達ができてよかったなあ」と言ってしまいました。

 雑学なら誰にも負けないつもりでしたけどもうかなわんかもなあ、AIさん、これから僕にも色々教えてチョーダイね。