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going my way☆

2010年4月1日トルコ人の彼と結婚しました
askim→旦那様
gulm→私        


どたばたな国際結婚や私が日々思うこと感じたことなどを綴ってみたいと思います

赤い大地の次はいよいよニューメキシコ州のアルバカーキです。
600キロほど離れているので途中のギャラップに1泊しようかと思っていましたが逸る気持ちが抑えきれずギャラップをスルーして向かっちゃいました車

途中にアコマ族(プエブロ)が住んでいる場所があるので前にも行ったことがあるけど寄ってみようと…

アコマは敵からの襲撃を逃れるためにメサの頂上に住みついた部族です。今でも電気も水道もない生活をしています。若い人は不便が多いのでメサを下りて麓に住んでいます。ここは麓のビジターセンターからツアーバスに乗りガイドさんがみんなを連れて村中を案内してくれるのです。自車や1人行動は不可です。

アコマの麓に着いたのは3:30
何とか間に合うだろうと給油がてらアコマ族に

「ツアーにはまだ間に合う?」

「もう今日は間に合わないよ。明日また来てね!」

お店の時計を見たら16:30でした叫びそうです、時差を忘れていました。日本は時差もサマータイムもないから普段気にしないけどアメリカは時差とサマータイムがあったんだガーンしかもサマータイムは採用している州(場所の場合もある)と採用してない所があって移動するときは忘れてはいけないんだった汗

ま、仕方ない(Θ_Θ)時計を1時間進めてアルバカーキへ向かったのでしたDASH!



※今までネイティブアメリカンという単語を使ってきましたがネイティブアメリカンという言葉は先住民族(エスキモーやサモアなど)全てをさす意味で大きく捉えられています。インディアンという言葉はスペイン人が侵略してきたときに付けた名前であって本来の呼び名ではないので私は使うのを控えていました。当たり前だけど彼らは部族ごとに彼らの言葉で名前を持っています。アメリカの住んでいるインディアンだけをさす全体の言葉として彼らが選んだのはアメリカインディアンという言葉でした。彼らがこの旅で教えてくれた1つです。
「僕たちはネイティブアメリカンじゃない。アメリカインディアンなんだよ。」
迫害によって剥奪されてきた彼らの文化、言葉、習慣を取り戻す運動が盛んに行われています。彼らのアイデンティティを取り戻す運動です。身内の不幸があったとき以外切らない神聖な髪の毛を伸ばし、儀式を復活させ、部族の言葉を口述するなどをしています。
前述のアトラスアメリカのガイドさんとのやりとり

「なぜセドナに来たのですか?」
「ネイティブアメリカンに興味があるからです。でもここには私の探している彼らの本物の文化は少ないように思います」
「そうですよ。ここは確かに彼らにとって神聖な場所だけど彼らの考え方は僕たちと違うので本物のインディアンは沢山いません。日本人にとってセドナは癒しの場所、パワーをくれる場所。つまり何かを受け取るって感じです。でも彼らは自分たちについた余計なものをここでセレモニーを行うことによって払い落すのです。彼らはもらうのではなく置いていく場所、つまり悪く言えば墓場なのです。墓場には住むものじゃないからここには沢山の本物のインディアンがいないのです」

なるほどひらめき電球参加しておいてなんですがセドナは観光産業だけが盛んでラヒリオのように表立って彼らの文化を切り売りしているのがなんだか腑に落ちなかったのです。ラヒリオ以外にインディアンが表だって彼らの文化を切り売りしていないのも事実。でもラヒリオが悪いとは思っていません。彼の名誉のために加えますが失業率が高いアメリカでは仕事を得ることが難しいしずっと迫害されてきたインディアンの生活はとても苦しいのです。だから彼らの文化を切り売りするのはいたしかたないとも思います。そして、本当かうそかは分からないけどラヒリオはUFOからセレモニーによって人々を癒す仕事をしなさいと言われたそうですべーっだ!

そんなこんなで昨日の穴埋めもあるのかガイドさんが好意で僕の知っている本物のインディアンを紹介しますと言ってくださいました音譜アレンというサウスダコタ族のインディアンです。この日はセレモニーがなかったのにガイドさんのおかげで私だけのためにセドナの神聖な場所に連れて行ってくれたり、特別だよ!と言いながら観光客を連れてきたことがない彼の自宅まで連れて行ってくれてセレモニーについて1~10まで教えてくれました。太陽の降り注ぐ中ホワイトセージを焚きながら、色々なアイテムを丁寧に1つ1つ説明してくれ置き方、祈りの捧げ方、セレモニーのはじめ方、サウスダコタ族特有の儀式と意味、インディアンフルートの吹き方を教えてくれました。ユーモアのある大きな体をしたアレンは今日はちゃんとしたセレモニーではないから写真を撮っていいよ良いよと言ってくれました。インディアンの文化に触れるとき、撮影は許可がないとしてはいけないしセレモニーの最中はほとんどが撮影禁止になっています。ツアーでは知ることがない、お金で買うことができない本物の文化を体験させてもらった貴重な日でしたドキドキ
アトラスアメリカのガイドさんには本当に感謝しています。この日は他のツアーに行かれてしまってお会いできなかったけど改めてお礼のメールを送りたいと思います。
アレンは(インディアンはみんな同じことを言うと思うけど)、
「今日僕たちが会えたことを僕(アレン)やガイドに感謝するのは違うよ。感謝ではない、ごく自然の事だから・・・・これが繋がりなのだよ…」
そして彼は別れ際
「僕たちは「さよなら」と言わないんだよ「またね!」と言って別れるんだよ」
って言いながら思いっきり
「bye!]
と帰って行くのが印象的でしたかかえる


本当に素晴らしい出来事がいっぱいありました。いろいろ出会いがあって別れもありますね。強く願えば物事を引き寄せる事が出来ることを何度も実感してきたけど、ここセドナで商売を抜きに何度もプライベートで演奏やセレモニーを行ってくれたラヒリオ、私だけのために特別にガイドをしてくれたアレン…私はいつもとても人間関係に恵まれていると思います。手に入れたいもの、やりたいことを貪欲に突き進んできました。言葉の壁を乗り越え、今、私の望んだ物が見え始めましたクラッカー
贅沢な夜を過ごした翌朝はカセドラルロックへのハイキング走る人

この日のピックアップは前日お世話になったアトラスアメリカさんで9:10でした。
ビックリマーク7:00に電話が鳴り昨日のガイドさんが
「突然ですが、昨日行けなかったところへお連れします!8:00如何ですか?」

ありがたいけどさぁ。。。昨日のうちに言っておいてよガーン
あなた一応日本人でしょ!?

モーニングコールを頂いたし折角なので昨日行けなかった所に案内していただきその後はカセドラルロックハイキングへ向かいました。
ハイキングはガイドブックに2~3時間の余裕があれば是非チャレンジしてみてくださいと謳い文句。天気もいいし(紫外線も強いけど)軽い気持ちで出かけました音譜

いやぁ~ダウン登りは1時間20分かかりましたドクロ頂上近くは這いつくばりながら登るようなところもあります。私たちの他に来ていた外国人たちの中にはビーサンビーサンの方もいらっしゃいましたが結構きつかったと思います。しかも標高が高くなるので息苦しくなり少し登っては休憩をはさまなければとても進めません汗まるで何かの訓練をしているよう…
でも頂上に着いた時の達成感というか清々しいというか荘厳な風景を見た爽快な気持ちは登った方にしか分からないでしょうふむふむ
しばしの休憩を取り下山しました。ハイキングを甘く見ていたのでこんなに疲れるなんて思いませんでしたショック!しかも14:00終了。2~3時間だと思っていた予定が5時間かかっていますあせるそりゃ疲れるはずだよね。


その後は少し部屋で休んでから前日に行ったエアポートメサに夕日を見に行きました。ラヒリオアとこの日も連絡をとっていて彼がお客さんを連れてエアポートメサに行くからよかったらおいでと言ってくれたのです。ラヒリオが行っているセレモニーを見ながら気持ちいい風に吹かれていると、先ほどのハイキングでご一緒した日本人の3人組にばったり会いました。セドナではたくさんの日本人に会うことがあります。でもみんなツアーで参加していてほとんどが同じホテルに泊まっています。単独で来ているなんて私だけでしたひひやっぱり日本語で会話できるのってストレスがなくて快適~~夕日を満喫した私たちはまたまた夜空見学に一緒に行くことにしました。外国に行ったら暗くなると1人で外に出ないようにしているけどセドナはとても安全な場所。かと言って油断はしていませんよビックリマーク
ツアーなどで行く場合、決められた時間だけしか自由時間(しかも短い)じゃないけどフリーで行く場合贅沢に好きなだけ楽しむことが来ます。私たちは1時間半もの間メサでそれぞれが好きな場所で座ったり寝そべったり好きな時間を過ごすことができました。昼間の疲れもゆっくり抜けていく感じです笑顔