結構前の話です。
パイロットにとってチームワークはとても重要です。
お互いを助け合い、監視し合い、協力しながら飛行機の安全を守っています。
半年に一回のシミュレーター訓練、そして試験でも、他のパイロットと一緒となって試験の通過を目指します。
その時も、他の副操縦士の方と組になり、訓練・試験に挑んでいました。
(必ずしも、機長 - 副操縦士 という組み合わせでなくてもOKです。多少試験項目に変更が加えられます。)
訓練の時から、ちょっと自分が相手を助ける場面の方が多いな思っていましたが、どれも安全を脅かすようなミスではなく、さほど気にしていませんでした。
そして試験が始まり...
自分が操縦を担当していて、巡行時に片エンジンから出火。
手順通りに火を消し、安全な高度まで降下を開始。
最寄りの空港に着いた時、試験官が...
「さっきの所、またちょっと見させて」
.......うわっ マジか...
やり直しの指示でした。
会社にもよりますが、試験では1項目なら、その同じ試験中にやり直しができます。ただし、試験官はどこでミスをしたかは教えてくれません。
シミュレーターがリセットされている最中に、パートナーと2人で必死に何が間違っていたか考えましたが、結局分からないまま再スタート。
また同じように、エンジンから出火。
今回は先ほどより慎重に次のステップを考え、それでも同じ手順で降下まで...
少し降下したら、
「はい、終了。不合格です」
今まで経験したことない、人生初の不合格。
自分は何をしでかしたんだろうと、必死に考えますが、不合格になるような大きなミスは思いつきません。
2人でしょぼんとシミュレーターを後にし、試験官が待つブリーフィングの部屋へ。
試験官の発言に言葉を失いました。
詳しい事は言えないのですが、パートナーの行動がもとで、めちゃくちゃな理由で落とさることに。
飛行機を飛ばす時の大原則である「Aviate, Navigate, Communicate」。
Aviate: まずは飛行機を飛ばし、
Navigate: 次に行き先を決定・進路を変更、
Communicate: そしてコミュニケーション。管制官、フライトアテンダント、そして会社などと連絡を取りあう。
これは緊急時を含む、どんな状況でも当てはまり、パイロットになる初期訓練の時から頭に叩き込まれる超基本中の基本です。
これを完全に無視するような理由で落とされました。
ふたりとも開いた口が塞がらない状況でした。
そして、気付いたのです。
この人は自分たちを落としたくて不合格にしたんだ。
そして落とさなくてはいけない理由が、自分のパートナー
パイロットも人間です。シミュレーターでの訓練や試験に強い人もいれば、実際の運航中の知識や、手順に詳しい人、飛行機を自由に操れて、着地がとてもうまい人。いろんな人がいます。
そんな中、操縦かんを握るすべてのパイロットの安全基準を維持するため、シミュレーターで試験をします。
試験官にとって、自分のパートナーは試験を通過せず、もう少し再訓練が必要な存在だったのです。
パイロットはチームワークが重要。
それを理由に、2人のうち1人だけが試験に合格することは、滅多にありません。
色々と助け船を出しながらやっていたのですが、時間を取ってもいいような状況だったら、相手のスピードに合わせて試験をやっていました。
細かいミス、例えばブリーフィングの順番がこんがらがっていた、などなら指摘しませんでした。
相手のミスを全部指摘し、指示をしながら進めていては相手が発言しにくくなり、今度は自分のミスを指摘しにくくなるの事もあるからです。
でも飛行機の安全を脅かすようなミスは起こしていない自信がありました。
なので、不合格と聞いたときはショックでした。
自分の友人の中にも、同じような経験をした人もいたので、聞いてはいたのですが...
これがそれか。
試験官と話しても、何も変わらないと分かっていました。
するとブリーフィングが始まって間もないのに「君はもう行っていいよ。パートナーと少し話したいから」と言われ、やっぱりと確信。
一人部屋を後にしました。
次の日。
パイロット組合の人から電話が来て、これから何が起こるか伝えられました。
新しいパートナーと再訓練、そして再試験。
国土交通省に不服を申し立てもできるけど、一人で全部やることになり、あまり成功例はない、との説明も受けました。
不合格の記録は会社内のことなので、例えば転社する場合なども、他の会社に伝わり不利になることはない、との事。
ちょっと納得がいっていないので、教える側のインストラクターの方と話がしたいと伝えると、次の日に以前教わったこともある上級インストラクターの方から電話がかかってきました。
状況を説明すると、
君の言う通り、巻き添えにあったよう。自分にも同じことがあった。この業界では起こる事。君は良い訓練生だったのを覚えている。間違った事はしていないので、めげずに頑張って。
という趣旨の会話に。
このような状況に遭うパイロットは自分だけではない。
逆に、めちゃくちゃな理由を付けないと落とせなかった事に自信をもって、もう切り替えて頑張ろうと思いました。
再訓練でも、「なにを練習したい?」と聞かれ、落とされた理由を話すとみんなから笑いが出ました。
次の日の試験も無事合格し、何事もなかったようにまた飛べるようになりました。
パートナーも、再試験後にしっかり合格したようです。
今ではパイロット仲間と会う際の笑い話になっていますが、やはり実際に経験している時はかなりのストレスでした。特に次の会社の事を考えている時期だったので、不服の申し立てもかなり真剣に考えていました。
チームワークを重んじるのは分かりますが、2人で共に合格、または不合格にならなくてはいけないシステムに少し疑問を抱いていたのが、一層強くなった出来事でした。
パイロットを目指す人には知っておいてほしい、パイロット業の少しブラックな部分でした。