前回は「GOOD LUCK!!」のリアルさを解説してみました。ANAの協力のおかげか、コクピット内でのパイロット同士のコールや飛行機の操縦自体は結構リアルに再現されていましたが、機長と副操縦士の関係や厳しすぎる監査官などは、少しドラマチックすぎて現実的ではないと解説しました。

今回は、自分でも見た時に「細かい所までよくやってるなー」と感心してしまった「ハッピーフライト」について書いてみたいと思います!

全体的な感想としては、GOOD LUCK!!以上にリアルに再現されていると思います!パイロット以外にもグランドスタッフやディスパッチャー、整備士の様子も描かれているのですが、パイロットという職業のリアルな描写から見て、他の仕事の様子もきちんと調べられたうえでリアルさを追求したのではないかと思います!

コクピット内でのパイロット間のコール(操縦の際に使用される決められた言い回し)はGOOD LUCK!!同様かなりリアルです。その上、この映画ではパイロットと他の職種の人たちと協力して運航している姿が描かれており、協力する大切さを知っているパイロットという立場の人間としては嬉しい限りです!

それでは、もう少し細かい所を見ていきましょう!

 

 

パイロットと整備士

コクピットでパイロットと整備士が話し合っている場面がありましたが、これは実際によくあることです。細かいものを入れれば何百とあろうシステムの数々、そしてそれを監視するセンサーなど、飛行機は膨大な数の部品からできています。そして、機体が何か問題を感知した際、パイロットに教えてくれます。パイロットの仕事としては、その場で適切に問題を処理した後に整備班に状況を伝えます。最近の787などの飛行機では、飛行機自体が直接整備士へ教えてくれて、パイロットから伝える頃には整備班の方で準備を始めていることもあります。連絡を受けた整備班は、(出発前の場合)機体に整備士を派遣し、コクピットでの不具合ならコクピットへ、問題である部分が分かっているなら機体のその部分へ直接派遣します。

このシーンでは、以前から発生していた2つの問題、エンジンのスタートバルブと速度を測るピトー管の除氷システム、どちらを優先的に整備するかを話しています。両方とも修理せず出発できるの?と思われるかもしれませんが、飛行機は信頼性確保のため多重の設計がされており、ひとつのシステムが正常に機能していなくても、他のシステムが補うことによって安全に運航できるようになっています。そこで登場するのが、以前詳しく書いたこともあるMELというリストで、そこにはどのシステムだったら正常に働いていなくても、安全に運航できるかが書いてあります。後にパイロット同士でピトー管の修理の持ち越しの話をしますが、それがまさにMELを活用した運航の状況で、我々パイロットも日々このような状況に遭遇します。このシーンでは、訓練フライトという事で機長が質問する形式でしたが、通常の運航ではパイロット、そして多くの場合ディスパッチャーや整備部が一緒になって相談し決断します。というのも、MELを活用する際には制約が付いて回り、天候による制約や、それぞれの空港での整備能力、機体のやりくり、などパイロットだけでなく組織全体として最善の方法を選ばなくてはいけないのです。整備士の一人が「他とのバランスを考えろ」と言っていたのも、その辺を含めた運航全体のことを考えるよう、言いたかったのではと思います。

実際パイロットが異常を見つけた時の流れとしては:パイロットが飛行機に到着、機体のチェック開始→異常を発見/異常発生→ディスパッチャーに電話、整備部を会話に繋いでもらう→パイロットから状況報告→みんなでMELや運行状況を照らし合わせて、修理/修理持ち越し/機体の振り替えなどのオプションから最善なものを選びます。また、出発時間や運行に支障がないような小さな異常だったら、パイロットから整備部に直接連絡をすることも結構あります。

ちなみに後のシーンで、整備士の一人がもう一人にあと何分で整備が終わるか聞いて、「8分で終わります」と言われた後に「7分でやれ」とせかすような事を言っていましたが、これはあまり現実的ではないと思います。何事も安全が第一の状況で、他人をせかしミスを誘発するような言動は、航空業界ではご法度です

そして整備が終わってすぐ出発するシーンもありましたが、実際には運航時は常にコクピットにあり、機体の運航や整備に関する記録を書き記した航空日誌(ログブック)に記入・サインをしなくてはいけないので、もう少し出発までには時間がかかります。出発が遅れていて機長から「出発に必要な書類が遅れています」などのアナウンスがあった時は、重量計算や乗客数確認の他に、整備士がログブックに記入・サインしてコクピットに持ってくるのを待っている状況である場合もあります。

 

 

なぜ酸素マスク?!

あるシーンで機長がコクピットを出る時、もう一人のパイロットが酸素マスクを着けるシーンがありましたが、これには正直感心しました。会社ごとの運航手順にもよりますが、大抵の会社がある一定の高度以上で飛行していて、パイロットがコクピットで一人になる際、酸素マスクの着用を義務付けています。これは高高度での機内の急減圧などの場合に備えるためです。機体に亀裂などが発生し機内が急激に減圧された場合、意識がしっかり保てる時間は限られてきます。それは大体のジェット旅客機の巡航高度である40,000フィート/12,200mで7~10秒、B787やB777の最大運用高度の43,100フィート/13,100 mではたったの5秒しかありません!その時間以内でパイロットは急減圧を認識し、酸素マスクを正しく着用する必要があります。コクピットにたった1人残ったパイロットが気絶してしまうリスクをできるだけ少なくするために、最初からマスクを着けてしまおう、というスタンスからできたルールです。

ちなみに最大運用高度あたりで飛ぶ際は、両方のパイロットにマスク着用を義務付ける会社もあります。

この辺はコクピット内での運行規定を知っていないと分からないので、知っている人も少なかったのではないかと思います。

 

 

ピトー管の重要性

飛行機のコクピットの横の側面を見てみると、このような棒が付いているのに気づくかと思われます。これはピトー管と言って、飛行機の速度を測るシステムの一部です。

この映画では、バードストライクによりピトー管が破損し、速度計に異常が発生するという設定でした。映画の中でも説明するシーンがありましたが、飛行機は2つの気圧の違いを測ることで速度を算出します

空気の流れに正対して取り付けられたピトー管が動圧、そして側面につけられた穴(静圧孔)→空気の流れの影響を受けない気圧を静圧と言います。同じ高度で飛行している際、静圧には変化がないのですが、スピードが上がるにつれピトー管に入ってくる空気の流れも上がり動圧も上がるので、2つの気圧の違いも大きくなり、その違いが速度計にも反映される仕組みです。ちなみに高度を測るための気圧も静圧孔からとっています。

旅客機は大抵複数の速度計が搭載されており、もし一つに不具合が発生しても他の速度計を使うことによって安全に飛行できるようになっています。また、自分が操縦していたB787では気圧差を使う速度計に不具合が生じた場合を想定して、AOA(Angle of Attack/迎え角≂機首上げ度)を利用して速度を割り出すシステムも搭載されています。これは飛行機の設計上、パワー、高度、迎え角など、ある一定の条件で飛行機がどのように反応する(加速・減速・上昇・下降)かはデータからある程度分かっているので、そこから逆算して機首上げ度から速度を導き出す方法です。そして別々のシステム同士が互いのデータを比べ合い、もしこのシーンのように速度計に異常が生じたりした場合は、自動的にAOAスピードに切り替わるようになっています。同じように静圧孔が何らかの理由でふさがったりして高度が測れない場合、GPSによって算出された高度に自動に切り替わります。

パイロットは速度計に異常が生じ、スピードが分からなくなった場合に対しても訓練を受けます。先ほどのAOAスピードを算出するのと同じ原理で、ある高度であるパワー、そして迎え角を保つことによって、たとえ速度計がなくても安全なスピードを保つことができます。機長が「機体姿勢とパワーだけ信用しろ」と言ったのも、その二つさえ分かっていれば安全な範囲で十分スピードを維持できるからです。このシーンでの実際の手順としては、速度計に異常が発生→パイロットが速度計を信用できないと認識→緊急時の手順に従い、決められたパワーと機体姿勢=迎え角を維持→チェックリストに従い速度データの切り替え、 となるかと思います。

 


エーカーズ...?

羽田空港へ引き返す事になった後、フライトオペレーションの担当者が新しいフライトプランをクルーに送る時、「エーカーズで送ります」と言っていましたが、このエーカーズとは何なんでしょうか?エーカーズは英語のAircraft Communications Addressing and Reporting System、略してACARS=エーカーズと呼ばれています。以前は音声の通信が一般的でしたが、ACARSの誕生以降は無線でデータも送れるようになりました。具体的に送受信されるデータとしては、出発・到着時刻や出発地・目的地,便名,搭載燃料などのデータの他、気象情報やフライトプランの送付,航空機の故障情報など、いろいろな場面で活用されます。地上とのコミュニケーションにも利用され、ディスパッチャーや整備部ともテキストでやりとりできるようになりました。飛行機が受信したデータは、画面に表示できるほか、プリンターで印刷もできます!

 

 

コクピットにプリンター?!

驚くかもしれませんが、大抵の飛行機にはプリンターが搭載されています。映画でも一瞬出てきましたが、家庭や会社で見るような大きなインクジェットプリンターではなく、レジなどでレシートをプリントするような小さいものです。多くの飛行機のプリンターは、お店でもらうレシートより少し幅が広くした紙に印刷されて出てきます。紙の質もレシートみたいなので、きっと印刷の原理もレジと変わらない場合が多いと思います。

何をプリントするかというと、先ほど出てきたACARSで交信した内容をプリントして手元に置いておく時や、フライトアテンダントや交代するパイロット宛に地上から送られてきたメッセージをプリントしておく時などに使います。大部分はACARSで受信した天気情報を手元に置いておくために使われている気がします。

ちなみにB787のプリンターは、パイロットの手元にある画面に表示できる様々なチャートをプリンターでも印刷できるように、大きめの紙が使われています。タブレットの使用が一般的になった今では、機内でチャートを印刷する人は見たことないですが...

 

 

グルービングとハイドロプレーニング

映画にも2回ほど出てきたふ「グルーブ」という単語。機上からは見にくいかも知れませんが、滑走路には細かい溝がたくさん彫ってあります。これをグルーブ(Grooving)といって、排水の役割をします

資料:ICAO.グルービングの作業中。奥の線が付いている方がグルービングが施された表面。

 

自動車の免許を持っている人は教習所で習ったのを思い出すかもしれませんが、飛行機に限らずタイヤがある乗り物は濡れている路面を高速で走っている時、タイヤと路面の間に薄い水の層ができてしまい、タイヤは路面から浮いたような状態になり、ブレーキの効力が極端に小さくなります。解決策として、タイヤだけでなく滑走路にも排水溝をほることによって、排水能力を高めタイヤと路面との摩擦を大きく=ブレーキの効きを高めています。

この映画では、滑走路のグルービングがまだ施されておらず、それによって横風着陸時に横滑りしやすくなるので、普段より横風制限値が下げられていました。

 

 

よく聞く「ミニマム」の意味!

アプローチ中に「アプローチング ミニマム」と「ミニマム」というコールがありましたが、これは実際の運航でもいつも使われている用語です。

飛行機は視界が悪く、滑走路が見えていない状況でも、計器を頼りに飛行することによって滑走路に向けてアプローチができます。しかし、そのまま計器だけを見ていながら着陸まではできないので、いつかは計器飛行から滑走路を見ながら飛ぶ有視界飛行に移行しなくてはいけません。その境界線のような物が「ミニマム」のコールで、計器飛行をしながら降下できる最低高度(ミニマム アルティチュード)なのです。この時点で滑走路が見えないようだったら、それ以上(以下?)の降下はできないので、アプローチの中止、そしてゴーアラウンドをしなくてはいけません。ミニマムがコールされた時点で滑走路が見えていれば、「ランディング(着陸)」と答えて有視界飛行に切り替え滑走路を見ながら着陸します。

「アプローチング ミニマム」のコールは、ミニマムの30mぐらい高い高度、時間にして数秒前にコールされるもので、「そろそろミニマムだから、アプローチ続行するかやり直すか決断する用意をして」って意味でコールされます。

映画のシーンでは、「ミニマム」から「ランディング」のコールまでがちょっと遅いですが、そこはドラマチックにするためとして、細かくは指摘しません(笑

 

 

旋回中の重力は???

これはものすごく細かい所になります。

羽田に引き返す事が決まり、飛行機が旋回するシーンがありましたが、その際このような描写がありました↓

資料:ハッピーフライト

 

何か違和感ありませんか...?

飛行機の旋回時には重力の他に遠心力が掛かります。この2つの力の合計が床方向を向いているので、コップの水は傾かないはずなのです。

これは昔、教官時代に撮ったのですが、45°のバンクで旋回している時に生徒さんのたばこの箱をダッシュボードの上においても落ちることなく、その場にいました!