この記事は自分個人の見解で、当事者である方々を代弁するものではありません。このようなケースでパイロットはどのようなことを考えているのだろうと興味を持った方のために、自分の経験から書いています。また、本文でも書きましたが、会社によっても対応が異なることもあります。

 

 

 

このコロナ渦の中、先週9月7日に釧路から関空へ向かっているピーチ・アビエーションが運航する飛行機が、新潟空港へ臨時着陸する事件がありました。

 

事の始まりは... ひとりの乗客のマスク着用拒否

 

ピーチでは、乗客達にマスクの着用を要請してましたが、単なる「お願い」ということでこの乗客は拒否したようです。

乗務員は離陸前からマスクの着用を求めていたようですが乗客は応じようとせず、結局周辺の席の乗客を移動させた上で、フライトは約45分遅れで釧路を出発。(この遅延は天候のせいでもあったようです)

出発後の機内でも、その乗客は他の乗客と言い争ったりして、客室乗務員にも威圧的な態度を取っていたようです。そして、乗務員は騒ぐのを止めるよう口頭や書面で警告しましたが乗客が従わなかったため、パイロットは新潟空港への臨時着陸へ踏み切ったようです

 

この事件に対しては、この乗客を非難する声が多い中、航空会社または乗務員を責める声も見受けられます。

航空会社を責める意見の中には、「問題の乗客を見せしめのごとく降機させ無駄に燃料費を使うなんて合理的判断が出来ない」だったり、「コロナに過敏反応したバカ企業」などといった意見があるようです。

 

 

まず言及しておきたいのは、パイロットやフライトアテンダントは、非常に細かいところまで記されたStandard Operating Procedure = SOP (標準作業手続き)」に乗っ取って行動することによって、安全な運航を実現しています。

 

この状況では普通の行動に思われるかもしれない「口頭や書面で警告」も、このSOPに定められた行動であったと思われます。そして、このSOPには大抵の場合、次の行動についても言及されており、乗客が指示/警告に従おうとしなかった今回の場合、パイロットは非常事態宣言、そしてダイバートを含めた対処を考えて行動するように決められていたと思われます。

 

この乗客は「前方の客室乗務員の詰所で話すために行った」と説明している所や、他の乗客たちの証言から、結構機内を歩き回っていた様子がうかがえます。これは乗務員、そしてパイロットにとっては結構緊張を強いる行動で、こういう乗客トラブル時のSOPにも「(ハイジャック防止のため)コクピットのドア付近には絶対に人を近づけない」という事が書かれている場合もあります(会社にもよりますが、自分が働いたすべての大きい会社には書いてありました)。もちろん乗客にとっては「そんなこと知らんこっちゃ」となるかと思いますが、この状況でドア付近の監視カメラに乗客が映ったり、口論するのが聞こえるだけで、パイロットとしてはヒヤリとするのです。

自分は決してこの乗客がハイジャックをする可能性があったなどと言っているのではなく、こういう場合の乗務員とパイロットの心理を、自分の経験から書いているだけです。

 

そしてパイロットは今の状況だけでなく、その先の状況を予測して行動することが求められます。パイロットにとっては、短い時間の間にマスク着用の要請に従わない → 他の乗客とのトラブル → 乗務員に威圧的な態度 → 警告も無視 というように事態はどんどんエスカレートしているようにも映ります。この状況で、更にパイロットはダイバートできる空港は?天気は?燃料は?など、数えきれないほどの情報の整理と決断を迫られます

路線図を見る限り、釧路 - 関空のルート上でピーチが就航している空港は仙台、新潟、羽田/成田で、その中でもルートに近い新潟が選ばれたのではないかと想像します。せめて自社が就航している空港にダイバートすることで、地上係員からの乗客へのサポートもありますし、乗り換え便で大阪へ行くという手段も残るので、最良の選択だったと自分は思います。

安全第一の状況で、乗務員や他の乗客ともトラブルになっている乗客を乗せたまま、あと1時間も飛ぶのか?これ以上エスカレートしない保証は?新潟を過ぎたら関空まで他にダイバートできそうな空港もなし... など、いろいろ考えた上での臨時着陸という、乗員乗客の安全と安心を優先した決断だったんだろうと想像します。

 

 

自分はこのケースは、国のあいまいな「要請」から始まり、航空会社もそれに従う形の「要請」でとどめている現状が事の発端だと思います。そしてそれが実際に現場で働く乗務員、パイロット、そして空港で働く多くの人たちに、判断と責任を投げやりにしているように見えてしまいます。

今回のケースもこの乗客の主張通り、マスク着用は単なる「お願い」であり、その上で乗務員から重ねてマスク着用の要請をされて、トラブルに発展したのも想像できます。この乗客の苛立ちも理解できます。

自分の働いている会社の場合、国自体が飛行機での旅行/移動中はマスク着用を義務化し、公共設備である空港もマスクの着用を義務付けています。2歳以下の幼児や、身体の都合上マスクを着用できない人(医者からの診断書が必要)以外は全員マスクをしています。自分も実際にマスク着用を拒否しようとした乗客のケースを経験しましたが、ルールが明確なので搭乗する前に解決しました。

日本でも、「要請」よりも一歩踏み込んだルール作りが必要なのかなと思います。でないと、今回のようなケースはまだ出てくるでしょう。

 

 

自分はこの新型コロナウイルスの怖い所は、自覚症状がない状態でも、他人を感染させてしまうリスクがある所だと思います。

要請であって義務ではないのでマスク着ける必要なし」「致死率が低いから大丈夫」「日本での陽性者数は人口の〇〇%以下だから流行してもいない」などと言って少し油断しただけで、あっという間に感染が広まる可能性があります。そして医療機関への負担が大きくなり、医療崩壊のリスクも増える。イタリアやニューヨークの悲惨だった状況を思い出してください。医者たちは毎日、誰の命を救い、誰の命を諦めるかという非情な選択を迫られたのです。

今回のケースでも「結局この乗客から感染が広まらなかったのだから」という結果論で、その陰に潜むリスクを軽視して語ることはするべきではないと思います。

 

世界中で多くの医師たちが、マスク着用によって飛沫の拡散をできるだけ少なくし、できる限り互いの距離を保つことによってコロナウイルスの感染リスクを少なくできると言っています。

私たちひとりひとりが、もし万が一自分が感染していた時、せめて他人に移すリスクを少なくするためにできることをする。それが社会的に責任のある行動なのではないでしょうか?

 

そしてもう一つ考えてほしいのは、たとえ自分がマスクをせず安心/快適でも、あなたにサービスを提供する乗務員、そして周りに座っている人は、とても不安で心配しているかもしれないという事です。実際に一緒に仕事をしているフライトアテンダントの中には、不安でいっぱいな思いをしながらサービスを提供している人も多くいますそれを気にせず行動するのは、ちょっと無責任なのではないかと自分は思ってしまいます。自分は、自分の感染リスクを抑えるというより、そういう他人への思いやりからマスクを着けることを選びます

 

皆さんはどう思いますか?こういう議論はコロナウイルスの存在、そしてリスクを考えた上での話なので、このコロナウイルス自体を否定、そして軽視している方は決して賛同できない内容だと思いますが...

 

2020年も終盤に差し掛かっていて、ワクチンの完成も近くなっていると言う報道もちらほら耳にします。早く以前の生活を取り戻せる日が来るのを待っています!