数年ぶりの更新になります。

 

今回は数日前に日本でも飛行緊急停止が決まったボーイング737MAXについて、3月14日現在で分かっている所から書きたいと思います。

 

ボーイング737MAX(以下737MAX)は、アメリカのボーイング社が製造するボーイング737の第4世代の小型ジェット旅客機です。ボーイング737は50年以上も生産が続く人気な小型旅客機で、シリーズ通算で1万機以上が生産されています。

 

その最新機が737MAXで、ボーイングが満を持して2017年に世に送り出したのですが...

 

 

 

デビューしたばかりの737MAX、しかも新造機での事故

2018年10月29日にインドネシアのスカルノ・ハッタ国際空港を離陸したライオン・エア610便の737MAX型機が海に墜落し、乗員乗客全員189人が犠牲になりました。

 

その5か月後、2019年3月10日にはエチオピア航空の737MAX が、同国のボレ国際空港を離陸して6分後にレーダーから消失し墜落しました。同機には乗員乗客157人が搭乗しており、すべての人が犠牲になられました。

 

2つの事故に共通するのは以下の点です:

①機体が2017年5月22日に運用を開始したばかりで、まだ新しいタイプの737MAX型機。その上、両方の事故機とも納入されたばかりの新造機であったこと。

②両方とも離陸直後の事故で、コントロールにトラブルがあることをパイロットが連絡してたこと。

 

最初の事故機は2018年8月13日にライオン・エアに納入され、機体の飛行時間は800時間ほどの新しい機体でした。

エチオピア航空の事故機も、2018年11月17日に納入されたばかりでした。

 

 

 

新しく、重いエンジン

2010年にボーイングのライバルである欧州のエアバス社が、燃費の良い新エンジンを搭載したA320neoを立ち上げました。そのエアバスに対抗するためにボーイングは2011年に、新しいエンジンを搭載する737MAXプロジェクトを立ち上げました。

 

新しく搭載されるエンジンは、燃費をよくするために737シリーズの歴史で最も大きいエンジン、アメリカのCFM International社製のLEAP1-Bを搭載することになりました。前シリーズの737NGに搭載されていたCFM56-7Bのファンの直径が155センチだったのに対し、737MAXのLEAP1-Bのファン径は176センチもあります。エンジンが大きくなるにつれ重量も16%ほど重くなり、2780kgもあります。

 

ここで注目したいのが、737MAXが737NGシリーズをベースに、そしてその737NGは737をベースに開発された機体であって、もとの基本設計は1967年からそれほど変わっていないということです。逆に言えばそれほど基本設計が素晴らしいものだったといえるのですが...

 

重くなったエンジンを吊り下げながらも機体の重量バランスを保つために、ボーイングはデザインを少し変更しエンジンを前の方にずらすことを決定しました。しかし、エンジンが機体重心から前に行くほど、出力を上げた時、例えば離陸時などの機首上げムーブメントが大きくなるという問題が出てきます。その意図しない機種のムーブメントを相殺し、パイロットが以前の737シリーズと同じような感覚で操縦できるように、737MAXに新しく追加されたのがMCASというシステムです

 

 

 

MCAS

英語でManeuvering Characteristics Augmentation System、直訳すると操縦特性向上システムで、前記の通り737MAXシリーズで新たに追加された機能で、パイロットを補佐する役割をします。迎え角が大きい時、あるいは機首が極端に上がった状態になる場合、水平尾翼を自動で調整する機能で、通常飛行ではMCASは機体制御の動作を行うことはないとされています。

 

MCASは機首の両側についている小さい翼のような、AOAセンサー(Angle Of Attack:迎え角)からの情報をもとに作動します

迎え角とは、翼に対して空気が流れてくる角度で、もし翼が水平なら0度。上昇時など、機首が上がっているときには10度ぐらい、という風にになります。機首が上がりすぎて迎え角が大きくなりすぎると、翼の上を通る空気の流れが乱れ、効率よく揚力を発生させられなくなり、危険な失速状態に陥ります。

 

そのような状態にならないように、AOAセンサーから迎え角が大きくなっているとい信号が来た時に、MCASは水平尾翼の角度を調節し、機首下げムーブメントを発生させます。

 

(Graphic by Mark Nowlin)

 

最初のライオン・エア機の事故の要因と考えられているのが、このAOAセンサーとMCASです。

 

 

 

AOAセンサーからの誤った情報

ライオン・エアの事故機の要因として、AOAセンサーの不良が挙げられています。

AOAセンサーが起きてもいない機首上げを感知し、MCASがそれを直そうとして自動で水平尾翼の角度を変え、機首下げムーブメント発生させたと考えられています。

 

いったんMCASが誤作動すると、機首が急激に下がり、墜落につながる可能性が大きくなります。ライオン・エアのパイロットたちがコントロールのトラブルを伝えていたのも説明がつきます。

 

ではこのような際に、パイロットはどうすればいいのでしょうか?そして事故機のパイロットたちはどうして事故を防げなかったのでしょうか?

 

 

 

新しい飛行機、同じ機種、パイロットの訓練は?

航空会社が飛行機を導入する時に考えなくてはいけないことが、パイロットを訓練するコストです。パイロットは機種による操縦法・コクピットの違いを混合してはいけないので、通常、旅客機の操縦資格は機種ごとに取得する必要があります。それはたとえ機体の製造会社が同じ、たとえばボーイング737とボーイング747というケースでも、パイロットはどちらかしか操縦してはいけないことになります。

新しい機体を導入するということは、航空会社にとってはパイロットの訓練のコストもかかるので頭の痛い問題です。そのため製造会社は、なるべく別機体への訓練がスムーズに進むように、できるだけコクピットの内装やシステムが変わらないように設計しています。

 

737MAXの場合、パイロットがすでにB737の操縦資格を持っていれば、737MAXのシミュレーターでの訓練も必要とされていませんでした。つまり、パイロットは実機に乗るまでMCASの動作を実際に体験することはないのです。

 

訓練は国や航空会社にもよりますが、アメリカ連邦航空局の場合、航空会社がMCASのことを訓練内容に盛り込む必要も、パイロットに周知させることも義務化されていませんでした。

 

そもそも、737MAXのシミュレーターを持っているのは世界でも数社だけで、ある航空会社では3時間のコンピューターでの訓練だけでB737から737MAXへの移行ができるようになっていました。

 

自分のこの業界の経験から言うと、たぶん多くのパイロットたちはコンピューター上のプレゼンテーション形式のクラスか、講座の最中にMCASについて聞いたと思いますが、その危険性やトラブル時の対応法などは学んでなかったと思います。

 

ライオン・エアの事故後、ボーイング社は航空会社にMCASの存在と対処法を、パイロットたちに教えるよう通達を出しました。しかし、特別な訓練は必要とせず、1時間ほどのビデオで済ませた航空会社もあるようです

 

 

 

コクピットでの対処法

では実際にMCASが誤作動を起こし、機首が勝手に下がり始めたらパイロットはどうすればいいのでしょうか?

 

ボーイングが出した通達によると、MCASの誤作動により、機首下げムーブメントが繰り返される可能性があり、それを止めるには水平尾翼トリムを停止させることが必要になります。トリムとは、操縦桿を操縦することによってエルロンやエレベーターを使い一時的に大きな姿勢変更するとき(例えば離陸時の機首上げ)に比べもっと、小さな姿勢変更をしたいときに使うものです。例えば巡行中に機首が上がる傾向があり、ずっと操縦桿を押し続けるのも疲れるのでトリムを使い、水平尾翼自体の角度を変えるものです。

 

MCASはこのトリムのシステムを使い水平尾翼の角度を変えていると考えられます。なので、この水平尾翼トリムを停止させれば誤作動も止まるということです。

 

 

 

操作手順としては、中央のコンソールの後ろ側についている2つのスイッチを下に下げます。すると水平尾翼トリムが切り離され、MCASも機能しなくなります

 

 

 

 

飛行停止は遅すぎたか?

3月14日現在の時点で、737MAXを運用するすべての国で飛行停止令が出され、737MAXは完全に運用停止となっています。

ボーイングはシステムのアップデートを4月末までに完了させると公表しています。

 

専門家の中には、最初の事故の後に飛行停止にするべきだったという人もいて、自分のその意見に賛成です。

 

737MAXは最初の事故の時、世界で納入されていた数が約200機ぐらいだったので、飛行停止による支障もそこまで大きいものではなかったと思います。

 

なにより、人命はコストには比較できません。安全が第一の業界だからこそ、最初から飛行停止令が出なかったことが不思議で、残念です。

 

アメリカNTSB(国家運輸安全委員会:航空事故を調査する国家機関)の元調査員は、FAAが飛行停止に踏み切らなかったのは、ボーイングを守ろうとする意図があったのではないかという人もいます。その元調査員は、アメリカの議会が第三者機関に737MAXの型式証明の試験期間中のFAAとボーイングの関係を調査するように要請する可能性も示唆しました。

 

ボーイング社はアメリカに多大な雇用をもたらしており、トランプ大統領も737MAXの飛行停止を発表している最中に、ボーイング社の国に対する貢献を称賛しています。さらに、トランプ政権の閣僚の中には元ボーイング役員や、逆に元国家公務員がボーイングの役員に就いていす。

 

そういう点もあってか、今回真っ先に737MAXの運用国で、飛行停止にしたのは中国でした。もし今回の事故がボーイングの機体ではなく、エアバスなど他社の機体だったらFAAの対応も違っていたのかなと考えてしまいます。

 

FAAにどのような意図があったかは分かりませんが、航空業界がここまでの安全を確立できたのは、政治・政権から独立し、安全を第一に考える機関であるFAAが統治してる業界だからこそだと思います。

 

 

最後に、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。

 

皆さんは今回の事故についてどう思われますか?飛行停止処分は早すぎですか?それとも遅すぎですか?そもそも必要ですか?