あぁ、やっとここへ来る時間が出来ました。


ここ一か月~まともにゆっくりする時間がありませんでした。



書かなければならない原稿を抱えずに、夜を迎えたのはどれくらいぶりでしょうか。


時間を気にせず赴くままにフラフラすることが何より大事と感じている私としては、かなり窮屈なもんでした。慣れない会社勤めもあいまってマックスストレスフル。。。


束の間の息抜きは、買い物なんだけど、最近は、なんならそのわずかな時間すら罪の意識を感じてしまうほどに多忙でした。前は、買い物すること自体に罪悪感を感じていたのにね。
良かれ悪しかれ、一つ上のストレスポジションです。笑



そもそも会社に行き始めたのは、かねてからお付き合いのあった会社からお誘いがあったことと、

何より自分をもう一回鍛えたかったから。


感性がウリ、っていうライターとしての自分ですが、数こなし系の普通な感覚の文章にコンプレックスを抱いてます。


そのことにたびたび、自問自答していたもので、そんな呪縛に悩むくらいなら、徹底的にかつ幅広くこなせばいいという結論に至り、一冊の本を作り上げる編集&ライティングから昔やってたような短い広告のコピーまで、安い給料でやってます。

でもまぁ、私が今欲しいのはお金じゃなくて経験値から来る自信だからねっ。

場を提供していただけるだけ有難いことよ。

ま、こう言えるのはほんと、今だからですけど。笑


ちょっと愚痴になりますが、

編集やデザイナー、建築家なんかの世界では、かつてオープンデスクという都合の良い制度がありました。

仕事ができるできないに関わらず、タダ同然で若い感性を使うというものです。

そして、それと同時にダラダラ長時間会社内に居座ることで、できなくても月給うもらう、というスタンスにも

なまじフリーで自己ハードル精一杯高くしてやってた私には、

なんだコイツ、こんなんでお金もらってんのか?!!と、一瞬腹立たしくさえありました。

ふにゃふにゃした指示が来ると事件記者ばりに「いつまで?データは?先方担当者は?」と冷静に突っ込む自分が怖い。


でもね、そこで一人でやきもきしたってね。組織っつーのは、そんなもんです。よね。


その代り、来た仕事は訓練と思って着実にこなして自分を見失わないようにしつつ、自信つけるだけの話。

「中途採用は、できないなんて言っちゃだめ。」そんな風な考えも土に還しました。笑


今は思いっきりめんどくさいとかだるいとかネガティブワード吐きたいときは、吐きまくって(これもどうなんだ?という意見ももちろん賛成です。)、でもその間に原稿一本書き終えるくらいにしています。


あぁ、でも自由人にはほんとしんどかった。



ただ、そんな中でも知識という地下水脈でつながってる、思いも寄らぬような出会いや発見があって、それだけはうれしかったなぁ。たとえば江戸時代の遊行僧だったりして、こちらが一方的に発見して喜んでたものが大半ですが。

未来に足を運んでみたいと思えるいくつかの場所にも出会えて、それはでも本当に幸せなことだなぁと想ったりしながら。この仕事やらなかったら、一生気づかず終わってたと思うもん。

神社の宮司さんとかね。電話で話をしただけなのに、

実際に撮影に足を運んで話をしたスタッフより気に入ってもらえたりとかね。笑


素晴らしくて、知らないものはまだまだたくさんあるもんです!




ストレスと得るものを天秤にかけつつ思う。



何はともあれ、精一杯心ある仕事をしなくては、と。



























年に一度か二度は旅をする。

たいてい何かにかこつけてフラついてくる、くらいのものなのだけど、

ガイドブックや観光地に縛られずに、どちらかというと気ままに、

しかし歩みを止めずに進んで行って出会ったものを感じるようなものを好んでいる。


非日常を、今の自分の感覚でどこまで楽しめるかが目下の関心ごとで、

そこには日常で陥りがちな、理屈をこねる隙間など一切ない。

勘と少しの情報だけを頼りに、思うままに(多少必死に)歩みを進めるのだ。


そんな中で出会ったものや場所が、自分にとって共感できるものだったりすると、

後で振り返ってみたときに、一層思い入れの強い出来事となる。

私はお酒は飲める方ではないけれど、酒呑みなら最高にうまい肴になるはずだ。


もう一つ、私が旅をするには理由がある。


今まで私が強く憧れてきたものづくりのスパースターたちは決まって旅人だった。

深く、新鮮な身体感覚を維持するスターの傍らには、必ずといっていいほど旅があった。


私もそうした非日常で身体感覚を鍛えることで、

わずかながら彼らに近づけるかもしれない。

きっと、先人たちは一人アウェイの環境をいかに料理するかで、自分の感覚を鍛えたに違いない。


その後ろにおのずとついてくる偉大な哲学は、個人がそうして自ら動いた結果の賜物だ。


ある人は、バリ島でバナナの葉に並々注がれた酒を回し飲みながら、一晩中輪唱を続けたという。

ある人は、ストリッパーの地方公演につおていき、スタッフとしてより魅せる音楽と照明に徹したという。

ある人は、早朝5時に起きて清掃のバイトをして絵をかく時間を確保し、今は全国の小児科を巡っているという。


私も、そんな鮮やかな記憶を一つでも多く携えた人でありたい。

世界の歴史や性質を知ることで、複雑なものを簡単に表現できる人になりたい。


自分の感覚を解き放つ「旅」。

そして、旅に対する不安感がなくなった時には、

きっと日常のどんな小さなことへも目を向けることができるやわらかい頭の持ち主になれている気がする。


むろん、旅はどこか遠くへ出かけることだけではない。

音楽へ没頭するのも旅、絵に夢中になることも旅、

圧倒的な世界の中で自分を試すということさえできていれば、それは立派な旅だとも思うのだ。


そのどちらの場合にも、旅は新鮮な感覚で日常に向き合う大切なソースなのだ。

今はやわらかくて栄養をたっぷり含んだ最高の土壌を培おう。





こんなことを考えたのは、6~7月は九州の旅本の制作に取り掛かるから。

今の私の旅の解釈はこんな感じね!


九州中を旅した暁には、こえがどう変わっているのでしょうか^^










最近仲良くなった友達のお父さんが本職以外の部分で船を復元しています。


足掛け30年、ついにその船が来週海に浮かびます。


好奇心旺盛で知識欲も豊富、本当に博学です。世界の国の歴史や性格から文学の歴史、植物の知識、ものづくりの知恵、モノを愛でる力…一人で延々と面白おかしく話を転がしていく本当にユニークな60才です。


見た目は絵にかいたような小さめの親父ですが、本職以外にもう一つの本職として工芸職人です。

本職を真面目に本職化しようと今は工芸職人の仕事は本格的にはやっていませんが、

実に美しく、シェイカーを模した机だったりオリジナルのテーブルだったりを造るのです。

そんな親父の集大成ろもいうべき船の歴史は案外すごい。


日本が南極開発に尽力していたころに使われていたものだったのです。

計画が半ばに終わってしまい、海の底へ沈んでしまった船を不憫に思った職人たちが引き揚げてきたにもあかわらず腐食してそのままになっていたものを見つけた友人から親父のもとへ連絡が入り、荒れ果てたその船は燃やすつもりで持ち帰ったが「あまりに美しくて燃やすことができなかった」と親父は言います。


写真をみたけど、なるほど本当に土台の船体の形はクラシックな良い形をしています。

上には親父が手塩にかけて施した木製のキャビンが誇らしげに載っています。



親父の頭の中はずっと船のことでいっぱいだったんだろうね。

部屋にある宝物を次々と紹介してくれたけど、船のモチーフも多かったもの。

親父の言葉でいうならそれらは“お気に入りのディティール”だそう。

他にはヒマラヤ登頂したときにキャラバン隊の連れているヤクの首にかかっていた鐘とかね。

ゆがんだ茶碗とかね。娘の七五三の時に履かせたスイス土産の靴とかね。

(友達は七五三でスイス帽と民族衣装と、その親父曰く「べロアみたいな良い革靴」を身に着けさせられたらしい)


本当に、へんてこな親父だけど、半端ではない。

物事の本質をよく見抜いている人だった。


そして私はそんな始終しゃべりっぱなしの親父が夢中でモノを見たりしている束の間に、横で親父のセリフをアテレコしたりして遊んでいる。







潜水式は来週です。