松本清張の小説はよく読んだはずだが、まだまだ読んでいない小説が沢山あるのに驚く。

例えば表題の「塗られた本」もその一つである。

今の私の興味は自分がこれまで見聞きしてきたところがどのように描かれているかをしることもその楽しみの一つである。

「塗られた本」は1984年の発表だからあの0の焦点、点と線の発表から30年もたち殺人事件の生々しい場面はなく男と女のあいだのやり取りの心理描写が見事である。

和服の着こなしが見事な美しい、女出版社社長(みや子)が売れない夫の「詩」を出版するため人気作家の現行の獲得に奔走する。無名の出版社をとしては人気作家の小説をだすため、その美貌を武器に売れっ子作家に現行の依頼をする。パト彼女にはパトロンの一流銀行の頭取融資の資金援助している。身近には純粋な人を疑わな、少年のような詩人の夫が家で、帰宅の遅い妻を待つ夫がいる。みや子とこれらの男たちとの間に繰り広げられるしんりが描かれていく。

もちろん舞台は東京であり、流行作家が執筆に利用の有名ホテルとか広い庭を有する旅館のある赤坂、渋谷とか、銀行の頭取が利用する料亭(待合)のある浜町が出てくる。一方で関西の芦屋、有馬温泉、神戸のトアロードが登場する。
 

終盤で頭取がみ子こを有馬温泉に誘う。思い出の神戸にありまから神戸の見物にたくしーで「芦有ドライブウエー」をはしる。有馬への帰りに二人をのせたタクシーがこの芦有ドライブウエーから渓谷に転落するという事件がおこる。

ドライブウエーのどのあたりかはわからないが、頭取はみや子をタクシーから逃げるようしじする。彼女はやっとの思いで、川底からはいあがり、通りかかったタクシーで大阪に入り、翌日東京に一人戻るのである。

話は佳境に入るがここでは触れない。。

さてこの芦有ドライブウエーだが、調べると、1957年に計画され、1961ねん9月21日に開通されている。

まさにわたしが社会人になった時代で、日本が発展していく時代だ。

小説の時代は開通から
20年たったころで、このドライブウエーはおおいに賑あっていたに違いない。だからこその事故でもある。

現在は1992年に出来た西宮北どらいぶうえーのため利用は少なくなったようだ。

しかし芦屋の人たちにとっては奥池の住宅地、東六甲展望台、東お多福山の登山口への大拙な道路となっている(精道奥池道)。

 

写真 東京港シリーズ レインボーブリッジ

 

 

 

 

最近のマスコミの報道の中に「ベイ エリア」を聞く。東京港のことだろう。

 

そこに建設の構想のマンションは億円の単位で、庶民の手に届かない高い値段がついているとのこと。写真に見えるマンションは今から30年くらい前の建設だろうか。