◆23日人権同和問題講演会があり、宮崎 保さんによる歌とお話です。宮崎さんは、北九州の被差別部落に生まれ、差別に打ちひしがれ、それに耐え闘い抜いた自身、差別を憎み闘った半生を語り、それを次につなげ、人への呼びかけ、こんなことが歌に込められています。そのうちの一曲「俺の心」は、「1・・・差別も知らずに ムラを恨み 心を閉ざして 人を避けた」、「2・・・差別も知らずに 親を恨み 心を閉ざして 愛をすてた」、「3・・・差別を知った 俺の心は 未来に向かって 希望が見えた」という歌詞で、何か心にスッーと届きます。いま身の回りには、差別まがいのことばかり、表面だけ差別を無くしたように繕うのではなく、心の底から差別を無くす、いま社会に、私たちに問いかけている詩です。
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◆20日浜田郷土資料館友の会例会で「訂心寺と周布氏」と題し、訂心寺の木村芳典住職のお話がありました。「訂心寺は地図の①(写真も)、周布城は②、かつて訂心寺があったところいまの清水庵は③(写真も)。訂心寺前身の海潮寺は③、平安時代後期に創建され津間の浦(津摩漁港)を見下ろす丘にあった。石見国司の藤原氏が上府に住し御神本を、そして鎌倉時代益田氏を名乗り益田へ、益田氏総領家の庶子家周布氏が周布城を築城した。室町時代南北朝時代にはあちこちで争いが続き海潮寺を訂心寺と改め、周布氏は朝鮮貿易を始め戦国時代に訂心寺を③から①へ移したとされています。戦国時代の終わりには毛利氏の配下にあった周布氏は周防・長門に移封された。」
◆お話は上記に加え、海潮寺の創建、周布氏の歴史、周防・長門移封後のことなどありました。自身、訂心寺が①へ移ったことについて次のような質問をしました。「訂心寺は山陰道と思われる?官道④に面している、官道は西から長浜湊へつながり、官道は周布城の近くを通っている、朝鮮貿易の長浜湊に近い、ことなどから周布氏の形をつくるために①に移転したのではないか」で、これは門外漢の推測によるものです。皆さんはどうお考えですか。ちなみに江戸時代末期幕長戦争で長州軍大村益次郎が、④官道を東へ攻め上がったとこの地区には言い伝えがあります。
◆19日浜田市職労の定期大会が開かれました。大会スローガンでは、ゆるぎない組織づくり、働きやすい職場づくり、平和・人権・地方自治の確立などとあるような組織、職場、運動を追い求めることになります。市役所は文字どおり地方自治の最前線にあり、地方自治を実践する母体で、10月の市議会議員選挙には組織内候補を擁立されます。これにより本物の市民自治、地域自治が進むことを期待したいところです。
◆今日は19日行動の日で街頭演説を行いました。これは10年前2015年に安倍内閣による安全保障関連法案(安保法制)が成立し、「集団的自衛権の限定的な行使」が法制化され、大きな転換点を迎えた日です。それまで国家安全保障会議(NSC)の創設、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の改定、武器輸出三原則の見直し、安保情報保全のための特定秘密保護法制定、日米防衛協力の指針(日米ガイドライン)などに加え、安保法制により歴史上、全般的な総仕上げが完了したことになりました。
◆あれから10年、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルを中心とした不穏な中東情勢、日本の隣の北朝鮮、中国、ロシアによる同盟の動き、アメリカトランプ政権のアメリカ第一主義で、同盟関係にある日本がいつ弾き飛ばされるか、このようなことが現実味を帯びています。いま の戦争や紛争が何も生まないことを目の前にして、悲惨な沖縄戦、広島、長崎の原爆投下などを体験し歴史に刻んでいる日本は大国にすり寄ることなく、世界平和を追い求める国となるべきです。
◆16日浜田市議会2委員会合同で、県立大学生との意見交換を行いました。これは7月のはまだ市民一日議会での県立大学生井上弘一朗さんの「浜田市のサードプレイスを」との提案を受けて実施したものです。浜田市には、居場所がない、遊べる場所がないことから、自宅でもない職場でもない、いわば第三の場所をつくるという提案です。それにより地域の賑わいづくり、人と人との交流の場づくり、一人ひとりの多様な生き方を確保し、一人ひとりの生き方をつくって行こうとするものです。
◆これは、いわばいまの社会ニーズに合ったものであり、公けがそれ を叶えることが必要です。そのために行政がやるべきこと、できることを進める必要があり、所管課が中心となり、まちなか交流プラザでの実証、県立大学地域連携室と連携し、事を支える体制、体制のあるべき姿を構想しながら、県立大学生、市民の思い、動きを具体的に支援する必要があります。井上さんの思い、第三の居場所づくりは来年には実現したいとのことで、市民としてしっかり応援したいところです。
◆15日国府小学校で三浦龍司選手応援パブリックビューイングが行われました。三浦龍司選手は13日の予選を通過し今日の決勝に出場したものです。レースは序盤遅い展開でしたが、徐々にペースは上がりゴール手前の直線では3位につけていましたが、障害物を飛んだ時、姿勢を崩しスピードが落ち、そのままゴールを駆け抜けましたが8位入賞となりました。会場の国府小学校体育館には多くの市民が駆けつけ、大きな声援を送りましたが、今日のレースをみると、メダルに手が届くところまでとは紙一重、次のレースが楽しみです。
◆13日、14日JAカップ県学童軟式野球選手権浜田地区予選を開催し、13日の1回戦で勝ち上がった西部野球スポーツ少年団など4チームによる準決勝が行われ、三隅少年野球クラブと西部野球スポーツ少年団の決勝戦となり、三隅少年野球クラブが優勝し、三隅少年野球クラブは10月松江市で開かれる県大会に出場します。三隅少年野球クラブの健闘をお祈りします。
◆14日周布地区敬老会があり、米寿を迎えられた29人のうち14人が出席されました。米寿を迎えられた方には記念品やお祝いが贈られ、周布小学校生によるお祝いの手紙も贈られました。お祝いに花を添えるべく、西村子供神楽社中による恵比寿も演じられました。
◆14日選挙事務所開きを行い、多くの方にお出かけをいただきました。場所は浜田市周布町のスーパーセントラル「トライアル」敷地内の空き店舗です。昨日13日は浜田市議会議員選挙立候補予定者説明会があり、いよいよ10月12日告示19日投票に向け、事が進んでいきます。
◆9日浜田市議会総務文教委員会で、リハビリテーションカレッジから出されている経営改善支援補助金の請願の審査を行いました。この学校は三隅町時代に立地されたもので、入学者が集まらず経営に苦慮しています。定員は120人で入学者は新型コロナが猛威をふるった令和2年度48人から、5類に移行した5年度55人、6年度56人、7年度70人と経営努力の跡がうかがえ、この先どうするのか学校側も市側も知恵を絞るときです。
◆地域と一体となった学生が集うことで、消費経済も拡大し、学校があることで市のイメージアップにつながり、何よりも人口の維持につながり、ここは市をあげて活力のもとである人口拡大に向け支援を検討すべきときです。9日の委員会では市長と議員の改選を迎えることから、結論を 先送りし「継続審査」とすることに決しました。この請願には三隅町出身の3人の議員か紹介議員となっており、浜田市の活力をつくること一点に絞り、学校と共生する市政をめざすときです。











