この数週間 はまりまくってる。 DVDプレイヤーフル回転ですわ。
言わずもがな、キャッツ♪
TVシリーズをようやく観たけど、
父親(公助)役の小日向さんと、息子(ぶっさん)役の岡田准一の場面が多くて、とてもよかった。
他の役者の方々の演技も素晴らしいのですが、
この2人の演技は、・・・見てください!としか言いようがない。。
もっと驚いたのが、TVシリーズがこんなに
【死】というものを感じさせる作りになっていたこと。
(映画で感じなかったのは、TVで通り越してきてという設定だからだったのね)
だから、ドラマ開始時に視聴率が取れなかったのか~。
と理解できたし、シリーズ終了後のDVDが売れて映画化決定も納得できる。
※終わり方も、「次を」におわす感じかもしだし。(洋画にあるようなパターン)
なんではまるか。
TVシリーズ観てわかった。
自分に、似た思い出と、後悔があったから。(残されたキャッツの気持ちがすごく分かった)
先逝く人の気持ちは分からないけど、告知されていた人はたぶん、こう思っただろうと思う。
命の期限を決められ、死の恐怖と、
生きるという意味を考える人の葛藤を演技であっても知ることができたし、
そして、残された側の気持ち・・・・
これは、痛いほど分かる。
残されたほうは、生き続ける。
自分の後悔も含め、その人の思い出も秘めて、その人の歳をいつか、越える。
物語上、ぶっさんにばいばいを言えたキャッツのメンバーは幸せだと思った。ほんとに。
私には【ばいばい】を言いたくても言えない人がいる。
ばいばいというより【ありがとう】だけどね。
ありがとうが言えなかった人はガンで、そして中学の同級生は白血病。
高校の同級生も病気で他界した。
同級生は20歳の冬で、雨が降ってた。
遺影が成人式のときの写真で、家族全員号泣していた姿が強烈に残っている。
お花も色が入ったもので、若くしてなくなったという実感がすごいあった。
彼女の死を知ったのは、亡くなった連絡が来た時。
高校2年頃から重い貧血が続き、白血病と診断されて半年で逝ってしまった・・・。
卒業してからも仲の良かった同級生たちは、キャッツのメンバーと同じ気持ちだったんだと思う。
私は逆。
ありがとうが言えなかった人には、本当にお世話になった。
なったのに、最後の最後、どうしても言うチャンスがなかった
最初にお見舞いに行った際は、まだ元気だった。
2度目は、友人と一緒に行ったけど
かなり衰弱していて寝ているとのことで、そのまま帰った。。
最後にお見舞いにいけなかったことを悔やんだけど、
会えなかったことにも意味があると思えるようになった。
(
そう思えるようになった頃、ありがとうもさようならも、
心の中でいつでも言えるということも何となく分かった。
区切りをつけるのは、自分だってことも。
元気な姿だけの思い出だけがいつまでも生き続けるんだよね。
私の記憶の中では、楽しくて元気な姿でいつまでも生き続ける。
気持ちに区切りつけられて、自分の人生歩いている今の自分だから
今、このキャッツの物語に吸い込まれていったんだと思う。
私は、「ありがとう」を言えなかったことが、人生最大の後悔だと思ったから
このことを教訓に生きていこうと決めた。。
こんな後悔は二度としたくない。
嬉しかったら、嬉しい、ありがとうと伝えること。
けんかしちゃったら、すぐに仲直りをすること。
そして、毎日を一所懸命生きること。
できれば笑顔で!
自分が死んだら、思い出にしか残らないんだから。
だったら、笑顔がいい。ぶすって顔じゃぁ~、ヤダ。
突然私が死んでも、
【足タレさんは、いつも前向いて生きてたからなぁ、足タレさんらしいよね】
と言われるような・・・
ん? ・・・・・・・・ ぶっさん的?
似たような思い出があるから。
と、
生き方の体現を目の当たりにしたからだったんだ。。
自分の命の期限を知り、精一杯生きようとする映画は多々あるけど、
シャーリーズ・セロン主演の【Sweet November】の主人公のサラの選択に共感できる。
サラの選択は、尊厳死だと思える。
末期ガンの伯母を看取ったときのことを考えると・・・)

