ほんの5歳の女の子を
殴り殺すような男に
この先も生きていく資格など
あるのだろうか

朝から強い憤りで
頭が沸騰しそうです

ちょっと重い記事を
書きますね

私は普段ほとんど
怒ることってありませんが
子どもが犠牲になる
虐待については
尋常じゃなく
激しい怒りを感じます

はらわたが煮えくりかえるとは
こういうことか
と思います




児童虐待

ニュースになっているのは
氷山の一角にすぎません

最悪の結末に
至らなければ
公になることも
ないのだから

命を落としたり
瀕死の重症を負うまでに
小さな体と心には
一体どれだけの傷が
つくのでしょうか

子育てをしていたら
分かることですが
幼い子どもにとって
親はすべてです

不条理な痛みや空腹
命が尽きていく瞬間にも
手を伸ばす先には
きっと
優しかった親の顔
抱きしめられた温もりが
あるはずです

お母さん
お父さん
助けて

大好き

伸ばされた手を
振り払い突き飛ばす
残酷さよ




母親の連れ子が
再婚相手の男性や
内縁の夫から
虐待を受けるというケース

夫と一緒に
ニュースを見ていると
彼はこう言うんですね

どうしてそんな男と
一緒にいるんだ?
別れてしまえば
いいだろうに

私も同感ではありますが
そうしたくてもできない
母親の事情も
分かるような気がします

子育てには
お金がかかります

人手も要ります

自分一人なら
なんとかなることも
子どもがいれば
思うようには
いかないことも多い

生活費を稼ごうとしても
子どもの預け先がない

預けて働いても
充分な収入が得られない

ようやく小学校へ
入ったと思えば
指定された学用品を
買わされる

公立のはずなのに
オプションが多すぎる

いつまでたっても
お金がかかる

誰も助けてくれません
結局は身内で
家のことは家族で
何とかしろと
言われているようです

我が子という
守るべき存在が
ありながら

人に頼るしかない
己の身の上に

圧倒的な無力感を
感じる女性は多いでしょう

私もそうだから
よくわかる

そんな母親が
子どもと自分の生活のため
働き稼いできてくれる
男性の存在に
すがってしまっても
仕方がないと思うのです

多少のことは
我慢しよう

そんな風に
堪えているうちに
だんだん
エスカレートする

そんな構図が
見える気がするのです




保育園落ちた
日本死ね

母親たちの叫びが
巻き起こしたムーブメント

子どもの預け先がないこと

母親が稼げないこと

それを補うだけの
福祉もないこと

経済力
自活する能力を
母親が持たない
持てないということは

男女間の賃金格差
などという言葉一つでは
表し尽くせないほどの
悲劇を生んでいる

シングルでも
子育てしながら
生活していける

そう信じられたら
我が子や自分を
傷つけるような
クズ男と離れる
選択ができる女性も
きっといます

センセーショナルな
ニュースの陰には
たくさんの
母親たちが
歯をくいしばって
堪えている実態が
あるのではないでしょうか

児童は、人として尊ばれる。
児童は、社会の一員として
重んぜられる。
児童は、よい環境のなかで
育てられる。

日本には
素晴らしい
児童憲章があります

これが
真に実現されることを
願ってやみません



犠牲になった女の子の
御冥福をお祈りします