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うまく行ってるあいだは忘れてたけど、成人前まで普通の高校や中学や小学校やバイト時代、体調悪かった。気持ちも大変だった。いまさら思い出しちゃった。
自分で自分の発達の問題に気づくきっかけはいろいろあったのに、どうも私はそれらを全部スルーして今に至っている気がする。
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母が言うには、
めちゃくちゃ手のかかる子だった。
朝起こすのが一苦労で、毎日毎日これを続けるのか、とうんざりだった。
常に体調不良を訴える子だった。
出ていったら出っぱなし
で帰って来ない。
寝たら寝っぱなし
で起きない。
本を読みはじめたら果てしなく![]()
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読んでいる。
エンジンがかからない。エンジンが動くと止まらない。
、、、などなど。
でも親が文句言っても私は、「親の社会的役割とは小言を言うものなのだな」と思ってた
。
他の人は体の具合が悪いって言わないけど、言わないだけで、具合が悪いのが普通なんだと思ってた。
いろんな問題を問題だと思ってなかったし、学校の先生や他人に相談するというアイデアは無かったので、誰にも言っていなかった。
いちおう責任感は強かったので、小学校時代は夜中過ぎまで宿題をやって終わらせていた。
時間をかければできたので、宿題を忘れて怒られることもなく、内容もレベルもクリアしていた。
だから問題にならずに済んでいた。
それにしても親は、小学生が夜中2時まで毎日のように宿題をやることを問題視しなかったのだろうか。
当時は母は「宿題はやるべきもの」と言って、何も問題視していなかったと記憶している。(それってどうよ…)
(中学以降は、父の暴力の問題がクローズアップされたので、割愛する。)
その調子で30代になって大学生になったとき。
人より時間がかかって勉強の占める時間的割合が人より大きかった。それで小学校時代のように、人づきあいや外出の時間がなくなっていた。
これも、ほかの学生より10歳も年上だと頭が悪くて当たり前だ、だから人より努力しなくてはいけないのだ、と勝手に解釈し、問題だと思わなかった。
しかし次第に同居人たちが、「こんなに勉強ばかりしているのはおかしい」と言って、部屋まで来て実力行使で外に出させられたことがあった。
私は、自分はほかの人より読むのが遅いから、まだ来週までの課題が終わってない、と言ったのだが、「いくら課題でも限度がある、息抜きも義務だ」と言われて、数人で私を包囲(?)し、部屋から出されて部屋をブロックされた。仲良くしていた同居人たちだったので、ほんとうに心配してくれたのだと思う。
そのとき私は、「そうか息抜きは義務という考え方があるのか」と驚いたものだ。
しかし私は別の家に引っ越したのを機に、息抜きを義務とする習慣を身につけずじまいだったが。
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こうして考えると、スルーしてしまったチェックポイントは以下のとおり。
1. 日常において多種多様な活動をバランスよく行えているか
2. 体調不良など自分で問題と認識していることを、ちゃんと取り扱ってくれる相手に相談しているか
3. ほかの人と照らし合わせて自分の状態を客観的に理解できているか(体調不良は当たり前でない、など)
4. 人に相談するという選択肢を認識しているかどうか
この4つで、本人が問題を自覚していなくとも、客観的に見る機会につながる可能性はぐっと向上すると思う。