番号継続で変わる! ブランド戦略が死命を制す
携帯電話の番号を変えずに携帯電話会社(キャリア)を乗り換えられる「番号ポータビリティー(持ち運び)制度」が10月24日にスタートした。消費者の関心は直前まで低かったが、ここにきて高まってきた。
引き金となったのは、ソフトバンクモバイルが10月23日に打ち出した料金の大幅値下げ。ソフトバンクによれば、同制度導入後の最初の週末である28日と29日、利用者が値下げプランを好感して申し込みが殺到。番号ポータビリティーに関する登録業務を停止する事態に陥った。KDDI(au)が対抗値下げを示唆するなど、料金値下げ競争の始まりを予感させられる。今後は、料金戦略はもちろんのこと、各キャリアのブランド戦略が大きく問われる。
「番号ポータビリティー制度への関心が低かった理由」
これまで番号ポータビリティー制度への消費者の関心は総じて低かった。nikkei BPnetが9月8日に掲載したアンケート調査によると、「ポータビリティー制度実施後、電話会社を変更したいか」との問いに対して、「変更したいと思う」は15%にとどまった。「変更したいとは思わない」が46%で最も多く、「当面様子を見る」も36%を占めた。「すぐには変更しない」と思っている人の合計は8割を超えた。
しかし10月23日。ソフトバンクが、同社端末同士間の無料通話や、月額料金の70%引きを柱とする大胆な「予想外割引」を発表して、世間の注目度が一気に高まった。
手数料の高さとサービスの低下が乗り換えを押しとどめる
乗り換え希望者が少なかった最大の理由は、解約・変更手数料の高さだ。解約手数料は各社とも共通の2100円。これに乗り換え先の携帯電話会社の新規手数料(3000円前後)を加えると5000円前後になる。電話機の買い替えも必要なので、機種によっては2万円以上の費用がかかる場合もある。変更手続きも30分から1時間程度は見なければならない。
番号ポータビリティー制度は、すでに欧米アジア各国で導入されている。そして、手数料が安く手続きにかかる時間が短いほど乗り換えが多く、その逆であれば乗り換えが少ないことが実証されている。変更手数料が無料の香港では、現在の利用者数が501万人であるのに対して、累計の乗り換え件数が931万件。利用者1人あたり平均2回近く乗り換えをしてきた計算だ(日経産業新聞10月17日)。移行にかかる日数が短いフィンランドでも乗り換えは盛んだ(日経産業新聞10月18日)。
かたや、ドイツや英国、フランスなどでは乗り換え率が低い。ドイツの手数料は「数千円から1万円を超す」、「フランスや英国では当初、乗り換え手続きに1-2カ月かかっていた」という(日経産業新聞10月18日)。
解約・変更手数料の高さに加えて、電話番号や電話帳のデータは引き継げるが、メールアドレスや着メロなどのコンテンツ、「家族割」などの料金の割引制度を引き継げないことも、利用者の関心が低かった背景となっている。
番号ポータビリティー制度が壁を壊す
こうした事情から、「番号ポータビリティー制度が導入されても、乗り換えは少ない」というのが一般的な見方になっている。だが筆者は、短期的には乗り換えは少ないものの、中長期的に見ると、大きなシェア変動が起きると見る。その引き金となるのは、もちろん料金の値下げであり、強力な携帯端末ヒット商品の登場だ。
番号ポータビリティー制度が導入されることによって、携帯電話会社が加入者を囲い込んできた壁の一つが崩れると見る。加入者にこれまでと同様のロイヤリティを求めるためには、通話料金の値下げとともに、魅力的なヒット商品の継続的な提供が不可欠だ。
携帯電話の料金には数多くのプランがあり、カタログをひと目見るだけでは把握することが難しかった。だが、いまは「価格.com」など携帯電話の料金を比較できるサイトが発達。最近の使用料金や通話分数などを入れるだけで料金比較が手軽にできる。Web上での情報交換も発達してきたため、利用者の情報武装も進んだ。
先のnikkei BPnetの調査で「変更する」「検討中」と答えた人に「どの携帯会社に乗り換えたいか」を聞いたところ、auが63%でトップだった。ボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)は14%。NTTドコモも18%にとどまった。auが優位に立っている可能性が高い。だが、これも今後のさらなる料金値下げの行方やヒット端末の登場次第で大きくシェアが変動する可能性がある。
勝負はブランド力
料金の引き下げとヒット端末の登場に加えて、各社のブランド戦略が大きく問われるようになるはずだ。料金を引き下げ、魅力的な端末を開発しても、それを顧客に適切にアピールすることができなければ宝の持ち腐れになってしまう。
携帯電話市場は既に飽和したとされて久しい。高齢者や子供への売り込みが盛んだが、需要は一巡したと見てよい。今後は、「機能が豊富でデザインが優れていれば少々高くても買ってくれる客」、あるいは「単に安ければ安いほどよい客」…などセグメントごとに個別のアプローチすることが必要だ。
だが、キャリア各社の現在のマーケティングを見る限り、正しいブランド戦略を実行しているとは到底思えない。ここからは、各社のブランド戦略を個別に検証する。その土台は、筆者が昨年、片平秀貴氏と共同で執筆した「ブランドのDNA」(日経BP社)である。この本では、「ブランド戦略における9つのウソとホント」を紹介した。
9つのウソとは 1) 優れた商品、サービスこそが強いブランドの必須条件だ
2) 強いブランドは変化しない
3) 十分な時間をかけないと強いブランドにはなれない
4) 高額商品の分野でしかブランドは成立しない
5) 大量のマス広告がなければブランドはできない
6) カリスマ経営者がブランドをつくる
7) 企業のブランドづくりには「ブランド室」が必要だ
8) CS(顧客満足)がブランドをつくる
9) ブランドは一夜にして滅びる
…である
「大幅値下げ」も立派なブランド戦略
既に述べたように、ソフトバンクモバイルは10月23日、ソフトバンクの端末同士間の無料通話や、月額料金の70%引きなどを柱とする大胆な「予想外割引」で世間の耳目を集めた。26日には、携帯電話の端末を頭金なしの分割払いで購入できる新たな料金体系「新スーパーボーナス」も導入した。
これに対して、競合2社の反応は対照的であった。KDDI(au)の川井徹・執行役員は24日、「対抗上、同様のプランを導入するかどうか検討する」(毎日新聞10月24日夕刊)と述べた。一方、NTTドコモの中村維夫社長は27日、中間決算発表の記者会見で対抗値下げに否定的な見解を示した。ここに大きな岐路がある。
世間一般にはブランド=高額品というイメージが定着している。しかし、筆者らが「高額商品の分野でしかブランドは成立しない」はウソ、つまり「ブランドはあらゆる価格帯で成立する」と指摘するまでもなく、ブランドは低価格品の分野でも成立する。「大幅値下げ」も有効なブランド戦略の1つである。
日本の携帯電話の料金はADSLとは異なり、国際的に見て「安価」と感じられるレベルにはない。値下げを待ち望んでいないユーザーはいない。もちろん、携帯電話サービスは料金がすべてではない。使いやすい端末、電波のつながりやすさ、サービス窓口での対応なども重要だ。だが、消費者が最も期待しているのは値下げではないか。
筆者は、ここ数年のブランド取材から、「ブランドとは商品やサービスに対する顧客の〔信用+感動-失望〕である」との結論に至った。この観点から見ると、今回の事例では、値下げが携帯電話利用者の「感動」に結びつき、「値下げの否定」が「失望」を引き起こしても不思議ではない。もちろん、「大幅値下げ」をうたっても実際にはさほど安くならないのであれば、逆に顧客を大きく失望させることになる。
NTTドコモ:「強いブランドは変化しない」はウソ
NTTドコモの料金は他社に比べて高い傾向がある。価格比較サイト「価格.com」で「携帯電話で毎日10分通話する」場合の料金を検索したところ、auの「WINプランL」が8727円で最も安く、次いでソフトバンク「3Gバリューパックゴールド」の9475円。ドコモの「FOMAタイプL」は 10240円と最も高かった(10月27日現在。ソフトバンク モバイルの最新の料金体系は反映されていない)。こうした傾向は他の利用シーンでも同様だ。
こうした状況のなかで、NTTドコモの中村維夫社長は27日、通話定額について「慎重に検討するが、すぐには追随しない」と対抗値下げを否定した。それだけではなく、ソフトバンクモバイルの「予想外割引」に対して「『0円』だと宣伝しているが、実際にはそれほど安くならない。利用者の誤解を招くおそれがあり心外だ」と批判した。
対抗値下げを否定しただけで、新機軸を打ち出せなかったことが、NTTドコモの危機意識の欠如を感じさせる。もし料金体系を変更しないのであれば、それに代わって顧客を驚かせるような強力な新サービスを打ち出すべきであった。
同社の料金体系、新サービス、端末のデザイン性…どれをとっても今のところ「スピード」や「変化」を感じない。「ブランドのDNA」の「9つのウソ」のうち、「強いブランドは変化しない」を地で行っている感がある。今後のシェア維持のためには、他社の先手を打つ、強力な新サービスが不可欠だ。
au:「顧客満足がブランドをつくる」はウソ
KDDI(au)は秋以降、「番号そのままauにおいで」と盛んにテレビCMを展開している。CMでは「auは顧客満足度ナンバー1」ともうたっている。料金だけではなく、さまざまなサービスが顧客の支持を得ていると訴えたいのだろう。
だが、私たちが「大量のマス広告がなければブランドはできない」が「ウソ」であると指摘するまでもなく、これだけ多頻度のCMが本当に必要なのか、auは検証するべきだろう。広告やマーケティングは本来、その商品やサービスの強みや、同業他社と違うポイントを訴求すべきだ。現在のCMは、その説明をしていない。
「顧客満足度(CS)ナンバー1」についても、企業にとってCSの向上はあくまで必要条件であり、十分条件ではない。本当に優れたブランドは、顧客の期待に沿うだけではなく、顧客の期待を超える存在であるべきだ。auは、割安感がある料金体系、デザイン性に優れた端末、また音楽視聴などソフト機能で評価が高い。だが、顧客満足度だけでなくシェアでもNTTドコモを抜くためには、現在の顧客アプローチでは十分ではないように映る。
ソフトバンクモバイル:「予想外割引」の次の手がカギ
ソフトバンクモバイルが「予想外割引」に踏み切ったのは、極めて当然である。冒頭で紹介したnikkei BPnetのアンケート調査によると、番号ポータビリティー制度の導入とともに携帯電話会社を「変更する」または「検討中」と答えた割合はソフトバンクモバイル(旧ボーダフォン)の利用者が27%と最も多かった。
こうした苦しい状況と、ボーダフォンからソフトバンクへの経営移行、そして今回の番号ポータビリティー制度の導入という好機があいまって、ソフトバンクの孫正義社長に「予想外割引」を決断させた。
今後は、値下げ以降のサービス拡充が急務である。実は同社はこれ以前にも、ユニークな戦略を打ち上げてきた。自宅の部屋の中でつながりにくいユーザーへのホームアンテナの無料配布、3分間で新規申し込みができるユニークなシステムなどがそうだ。3分間登録システムは孫正義社長自らが「かつて家族の機種変更手続きに付き合い、30分以上待たされた経験がある」といい、「ウルトラマンだって3分で怪獣を倒して宇宙へ帰るだろう」という理由から社内に開発指示を下したという。今後は本当に3分で登録できるか、顧客の厳しい審判が待っている。
携帯電話市場には来春、イー・モバイルとアイピーモバイルの2社がキャリアとして新たに参入する。PHSのウィルコムも、加入者間の通話無料という料金体系やPDA(携帯情報端末)と一体になった端末のヒットで、毎月、加入者数の記録を更新し続けている。今後の競争はますますし烈になる。携帯電話キャリア各社は一層、強力なブランド戦略を求められている。
著者プロフィール
森 摂(もり・せつ)
経済ジャーナリスト。
NPO法人ユナイテッド・フィーチャー・プレス(ufp)代表。
東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社に入社。
流通経済部、ロサンゼルス支局などを経て2002年独立。
同年、世界の日本語ジャーナリストのネットワークであるNPO法人ユナイテッド・フィーチャー・プレス(ufp)を立ち上げる。
総合誌や経済誌でブランド論、経営論、人口減少論などを執筆している。
主な著書
「ブランドのDNA」(日経BP社、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)
「ウェブ時代の英語術」(NHK出版、馬越恵美子・桜美林大学教授と共著、2005年)