昨日の診療が終わった後、診療所に外国の方が来てくださいました。
彼の名前はDavidさんで、スイスで小児科クリニックを営む小児科医です。
観光目的で日本に来られていて、その際に日本の小児科クリニックがどのようなものかを見学したいとの気持ちを持っておられました。
そしてとある縁でうちに来られることになったのです。
うちが日本の一般的な小児科クリニックかと言われると、ちょっと違う気もしますけれどまあ細かいことはいいでしょう。
約1時間通訳の方を介していろいろなことを話し合いました。
本来であればうちの診療を紹介しなくてはならなかったのですが、それよりも私から質問する時間の方が多かったです。
そこで数多くのことを学びました。
まず彼のクリニックでは数多くの人が働いています。
小児科医は複数いて同じ時間に診療に就いています。
だから十分に自分の時間を確保することができます。
ちなみに彼は毎年7週間のバカンスを取っているそうです。
日本ではあり得ない話です。
看護師さんもおられるのですが、彼女たちは受付業務もこなします。
それ以外にいろいろな分野のセラピストもクリニックで働いています。
例えばアロマセラピーや日本で言うところの整体に近い治療に従事する人たちです。
患者さんが希望されるなら、医師の診察以外にそのようなセラピーを受けることができます。
クリニックは完全予約制で、1日の患者数は全体で60-80人ほどです。
つまり1人の医師が診察するのは30-40人になります。
患者さん1人あたりにかける診察時間はさまざまです。
診療の内容は日本と大きく違います。
何が違うか、それは検査をほとんど行わない点です。
彼のクリニックで行う検査は一般的な血液検査、それに溶連菌とRSウイルスの検査だけです。
インフルエンザもコロナもアデノウイルスも検査は行いません。
検査はやろうと思ったらできるのですが、ただ保険が効きません。
自費診療になるのです。
患者さんにそのことを伝え、なおかつこれらの病気は治療を行わなくても自然と治ることを説明すると「じゃあいいや、検査は受けないよ」となるそうです。
そして日本だと集団で行っている健診(市の乳幼児健診や学校での内科健診)を全てクリニックで実施します。
だから健診と予防接種を同時に行う場合、まずは本人の身体的な診察を行い、運動発達の評価をし、精神発達に異常がないかを確認し、そして今度は子育てに関してお母さんが抱えている困りごとを聞き出し、それに対してアドバイスを与え、その上で予防接種に至ります。
これだけのことをするのですからだいたい1人あたり30分ほどの時間を要するとのことでした。
これはとても良い事ですよね。
日本が行っている集団健診だと長くて1人にかける時間は5分程度です。
その上普段診てもらった事のないお医者さんの診察を受けるのですから、保護者の方もそんなに込み入った話はできません。
通りいっぺんの診察を受けるだけなので、親御さんの満足度も低いものになってしまいます。
またその時に何か異常を言われても(特に精神発達に関して)、見ず知らずの医者からの指摘はなかなか受け入れ難いものです。
でも普段から自分の子どものことを見守ってくれているかかりつけ医からの指摘だと、それは全然違うものになります。
実は日本で実施する事になった5歳児健診について、西宮市医師会の乳幼児保健委員会ではこのかかりつけ医による健診が実効性のあるものだと提案しています。
しかし国は従来の集団健診のスタイルにこだわっています。
これではただ単に健診をやるだけで、その意義がほとんど現れないと思います。
話をスイスの小児科医療に戻しましょう。
先ほど彼のクリニックではほとんど検査をしないことを書きました。
それでも中には彼の診察スタイルに疑問を呈する親御さんもおられることはあるらしいです。
その場合どうしているのかと言うと、保護者が納得するまでしっかりと話し合うそうです。
そして彼の考え方を理解してもらって問題を解決する方向でことを進めていきます。
その上で納得できないなら他の医療機関を受診する選択肢があることを保護者に伝えます。
そのために十分な時間をかけて対応するとのことでした。
先ほどの健診と言い、この保護者への説明と言い、どうしてこれだけ一人に時間をかけた診療ができるのか、それはスイスでは診療費が時間あたりで定められているからです。
これは羨ましいです。
日本はそうではありません。
どんなに詳しい説明をしたとしても、その時間は診療費に反映されません。
診療に30分かかった患者さんに、5分診療の患者さんの6倍の医療費は請求できません。
あくまで1人分だけです。
本当は診療費のことなど横に置いて診療に当たらないといけないのかもしれませんが、やはり経営も大事です。
そうなると日本の場合はどうしても数をこなす診療スタイルになってしまいます。
そうそう、彼のクリニックでは薬もあまり出さないそうです。
それは国民性もあるのかもしれません。
彼が言うには、スペイン人やポルトガル人は薬を欲しがるそうです。
スイスでは元々ハーブなどを使っての治療が浸透していて、「風邪は自然と治るもの」との共通認識があります。
インフルエンザにタミフルを使うこともありません。
まあインフルエンザにタミフルなどの抗インフルエンザ薬を積極的に使っているのは世界中で日本だけですからね。
じゃあ彼のクリニックで診察を受けたこどもがどんどん重症化しているかというと、それは無いそうです。
必要であれば大きな病院に紹介するし、そこで必要と判断されたらいろいろな検査を行います。
その検査を求めて患者さんが大きな病院での受診を求めることもないみたいです。
今までの話を読んでいただくと、スイスの医療と日本の医療、どちらがより良い医師患者関係が生み出されるかは明らかですよね。
先ほど診療スタイルを巡って話し合いを持つことがあると書きました。
その時保護者が最後に言う言葉は「信頼している先生がそう言うなら間違い無いよね」だそうです。
そのことを聞いた時、スイスの医療を心底羨ましく思いました。
でも愚痴を言っても仕方がありません。
今の日本の枠組みが変わるわけはないのですから、その中で頑張っていくしかありません。
「信頼している先生がそう言うなら間違い無いよね」と言ってくださる患者さん(保護者の方)が一人でも増えるよう、明日からも頑張っていきます。