足は、みな平等 | 広島で足の話しをさすと止まらなくなっちゃう、足の先生の大きな独り言

広島で足の話しをさすと止まらなくなっちゃう、足の先生の大きな独り言

フットセラピスト古山マサ子が広島から、足のこと、足から感じたことをつぶやきます。フットケアの大切さ、心のお話、足とともに生きること書いてます。

足の先生こと、古山です。

毎月ボランティアに行かせて頂いてます。

もう、一年が経ちました。

いろんなご事情で、デイケアを利用されてます。

もちろん、利用される方々全てに歴史があります。


男性は、妙に遠慮する方が多いです。

オトコの威張りは、最期まで続くもののようです。

しかし、私の前に足を出して頂いたら、みんな平等です。



シャイで、なかなか爪を切らせて頂かなかった方が、

一年経ってようやく、ご自分からお手入れを申し出て下さいました。


いつもは、足でけですが。

その日は、珍しくての爪も。と、おっしゃったのです。

ただ、指を指定されて。

指定されていない指は切ることはしませんが、

少し頑張って手を広げて頂かないと、肝心の爪が切れない。

お願いして、少し広げてもらうように伝えると。

ご本人自ら、「昔、ヤンチャして指がないんよ」と。

私は、いつもどなたにも申し上げているのです。

「私の前に、足や手を出されたら、みんな平等です。

私は、ご本人が求められたら精一杯綺麗にお手入れさせていただきますよ。

私から、綺麗にしてとは絶対にお願いしません。

昔、何があったか知りませんが、昔があったから今があるでしょ。

目に見えない指があっても、ここにゆびがあったのは事実です。

心の中に、指はあるから、お手入れをさせて頂くんですよ。」

ご存知、足の先生の一喝を、申し上げたらハニカミながら「ありがとう」って。

この瞬間。

この瞬間を、お客様から頂けるのが嬉しくて、

この仕事をしているんです。


私に、自らケアをしてと言われたら、年齢、性別、地位は一切関係ありません。


私の前に、足を出してくださったら、みんさん同じようにケアをします。

ただ、おごっている人、人間として何か勘違いをしている人が、

足を出されたら、一喝させていただくかもしれません。

そんな方は、私の前に足を出してはくださいませんけどね。

自らの、足が不自由になってはじめて、

人は、自分の弱さに気付くのです。

だから、いつまでも自分の足を大切にして頂きたいのです。