【先生として“言ってはいけない言葉”を言ってしまった日】
若い頃、公立中学校の先生をしていたの。
本当に今からだいぶ前になっちゃうんだけども、
その当時でもクラスに1人か2人は、
不登校のお子さんがいたんだよね。
初めて担任を持った時、
24歳ぐらいだったんだけど、
1人の女の子が5月の連休明けから
学校に来れなくなってしまったの。
私は家庭訪問をして、その子と話した結果、
本当に学校に来れないんだなと思ったのよ。
行きたくてもいけない状態なんだな
と感じたの。
私の正直な感想。
来ない方が彼女にとっていいんじゃないかなっていう直感。
なぜかというと、、、
その子の小学校からの申し送りの書類を見ると、
成績がオール5だったわけ。
所見もとても良い。
だから、この子は頑張ろうと思えば頑張ることができる。
ただ、今はそれができないんだなっていうことが分かったの。
それで、「今は来れなくてもいいよ。
学校に来なくても、
あなたが生きていける道はたくさんあるし、
その時にまた頑張れば
きっと道は開けていくよ」って、
彼女に伝えて、
「学校は必ずしも行かなくてもいいと先生は思ってるよ」て言ったんだ。
そうするとその後、お母さんの
「担任の先生(私)が家庭訪問をしたその晩、
娘の調子がすごく良かった」
という話がベテランの生活指導の先生の耳に入り、、、
「あの子に何を話されたんですか?」
と聞かれたの。
「学校来なくていいよと言いました」とはさすがに言えなくて。
「あ、いえ!普通に色々おしゃべりをしただけですよ」
ととっさにに答えたんだよね。
当時の生活指導の先生って、
カウンセラー的とか傾聴的とかじゃなくて、
オラオラ系でヤクザみたいな風貌の人が多かったんだよ。
当時は「学校に来させるのが正解」と
固く信じられている世界だった。
担任は家庭訪問を繰り返して、
週1回でも、半日でもその子を学校に連れてくる、、
それが先生の良い見本、みたいな風潮が流れたんだよね。
子どもにしてみたらほんといい迷惑だよね。。
「学校からの家庭訪問が苦痛です」っていうお母さんにも
会ったことがあるよ。
まあ、それで何ヶ月かたったある日のクラスの保護者懇談会で。
ずっと来れなくなっている女の子、
その子について ある保護者から
「先生はそのことをどうお考えですか?」
って質問が出ちゃったのね。
若干24歳で、(先生としての節度は守ってたけど)
割と好きな服着て学校に行ってたりしてたから、
保護者からの信頼は薄かったのかもしれないよね。
だけどね、クラスの40人の子どもたちと
毎日日記ノートを交換していて、
空き時間に一人一人お返事を書いて、
毎日の日記提出率は70%を超えてて、
それは他の先生たちからも驚かれるほどで、
私もそんな日記で一人一人と会話するのが楽しかったんだよね。
それでそのクラス保護者懇談会でそういう質問が出た時、
不要意にも
「 来なくてもいいと思うんですよ」
っていう風に正直に言っちゃったんだよね😱
(本当に未熟で考えが足りてなかった24歳の私、、、)
それでなんか保護者会がすごいザワザワってなって、
それでいいのかみたいな感じになってしまったの‼️
私は「しまった!!
これは言ってはいけない言葉だったんだ!😱」
「そういう保護者の 信頼みたいなものが私にはないんだ!」
ってここで初めて気づいたという始末。
たじたじしてしまい、
そこで何を言ったか覚えていないんだけど、
その場は結局、一人の理解あるお母さんが
「ここは一つ、先生にお任せしてはいかがでしょうか」
って言ってくれて事なきを得たのよ。
「学校に来なくていい」
っていう言葉は先生の立場として、
言っちゃいけないんだっていうことを
ちょっと学んでしまったのね。
私の直感は
・今は無理でも
・でもこの子には力がある
・だから時間が来たら動ける
・人生にはいろんな道がある
・その道を自分で選べる子だ
だから、
「来なくても自分で道を切り開いていくことはできるよ」
「私はあなたを信頼しているよ」
って伝えたかったんだけど、
学校以外に子どもを受け止める場所がほとんどない時代。
“来させることが先生の役目なのかな…”と、
でもそれだとあまりにその子の未来とか尊厳とかを無視してないか?
とかってぼんやり思ってた。
そして私には何もできることがないのかもって
無力感を感じたっていうわけ。
今朝は、私の経験をちょっと書いてみたよ。
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ルドルフ・シュタイナーの思想哲学に基づく絵画療法を
経験のない方でもおうちで楽しく簡単にできて、
しかも効果を感じられるようにした水彩アートを教えています。
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