前回は、六波羅蜜の中から精進波羅蜜を書きましたので、今日は禅定波羅蜜と忍辱波羅蜜を取り上げてみたいと思います。

 

 

   禅定波羅蜜〜飲食

 

人は、お腹が減っていると食事の事ばかり考え、喉が渇くと飲物事ばかり考えて、心が落ち着きません。

しかし、空腹を満たし喉を潤せば心身は静かに安定します。

心身が安定すれ、物を考えても善い智慧が出ます。

 

ところで、神饌物として、水・酒・山の幸・海の幸等あります、鯛などの海魚を御供えする場合、さかなの腹を神様に向けます。(神様から見て見た目が良いように)何故なら、神饌を御供えする事は神様への感謝の気持ちをかたちにしたものだからです。しかし、佛様への御供えは全て我々衆生に向けて御供えします。

 

もちろん、仏事に於いても佛様・御先祖様への感謝の気持ちは大切です。

ですから、「どうぞ、お召し上がりください」と感謝の気持ちを込めて御供えし、その御供を見て、自分自身が日常生活の中で、イライラしていないか?

大切な事を決める前には、自分の心を静寂にしてから考えられているか?

その様に自分自身を見つめる為の飲食だと知っておいて下さい。

 

 

 

 

 

   忍辱波羅蜜〜華鬘(花)

 

我々人間は五感(視・聴・嗅・味・触)を通して、様々な不快を心の中に感じます。

都会で生活していると便利な反面、多くのストレスにも直面します。

そして、不快やストレスは、時として怒りに変わります。

忍辱経に「忍の福たる身安寧にして家和らぎ興り、未だ曾て喜ばずんばあらず」とありますが、家庭でも社会生活に於いても百害あって一利なきは『怒り』であります。

花は人に無限の美感とここの和らぎを与え、怒りっぽい人でも花を見ていると心は鎮まり和らいでいきます。

此の心を日常生活に移したならば、何を云われ仕向けられても忍ぶ事が出来ます。

たとえ、その時に忍ぶ事が出来なくても、普段から意識することにより、時間が経てば「何故、あの時我慢が出来なかったのだろか?」と、己の心の未熟さを懺悔する事ができるのです。