初めまして。

 

あしゃらの妻、小しゃらです。

 

何故、自分自身のブログではなく、あしゃらのブログに書くのか?

加行(極寒の中1日6回も滝に入ったり、御真言を1080回唱えたり)した、あしゃらが提案している「山などで厳しい修行をするだけが修行ではなく都会(ここは埼玉ですが)でも修行は出来る。」が家庭でも出来ると思うからです。

 

私自身、正直言って修行が何かよくわからないのですが、あしゃら曰く

「人それぞれで一言では言い表せ無いのだが、先ず自己反省(慚愧懺悔)をする事。

その為に、日々、自分と向き合い反省し、自分の言動を見つめ直すこと。

これを普段の生活の中で、生かしていく事。

しかしながら、言うは易し行うは難し。で、これが1番難しい。

何故なら、人は自分自身が正しいと思っている事を行うので、自分が間違えたり人に迷惑をかけているなんて、なかなか気付けないものだから。」

 

 

私の場合は、義母の介護が修行に当てはまるのではないかと思っています。

何故介護なのか?

 

その疑問の答えの前に自己紹介。

大・高・中学生の3人息子の母。

主婦歴は20年以上だが、家事はやや苦手。それでも毎朝5時半起きして次男の弁当作りを実践中。(レパートリー少なく次男には申し訳ないのだが)

91歳(年相応に痴呆あり)の義母との同居歴、1年3ヶ月。

 

そもそも、次男のあしゃらが親と同居するなんて「寝耳に水」。

それでも、親孝行をしたいと言う、あしゃらに共感。

有難いことに援助をしてくれると言う事もあり引っ越し後に同居。

 

義母は、歩行器利用でトイレには自分で行けるし、着替えも出来ます。

食事も箸を使って自分で食べる事が出来きます。

元々、明るい性格で、昔はお花の先生をしたり子供達のPTA役員さんを毎年なさっていた程社交的。

 

介護というより、買い物などのお手伝い的な軽い気持ちでのスタート。

ただし、肉は一切食べないので(アレルギーではなく心理的に)育ち盛りでステーキなら何日続いても飽きないと言う子供達との食事のバランスを考えると不安でした。不安というより品数を増やすのが面倒だという気持ちでしたが、たとえ不得意でレパートリーが少なくても、食事は1日3回頑張って作ろうと張り切っていました。

また、同居後寂しい思いをさせてはいけないと、なるべく一緒に時間を過ごしていました。

 

ですが。

私の思いとは裏腹に、自分自身が混乱していくのがわかりました。

混乱の原因は、ズバリ、義母です。

義母の作話により、翻弄されたのです。

最初は、義母の言い間違えだろうし、何度も同じこと事を繰り返して言うのは痴呆のせいかなと。

しかし、勝手な思い込みで無い事を言い、義母の間違えを指摘すると、私の方が嘘つき呼ばわりされました。

ある日、今から半年ほど前、義母が 「息子(あしゃら)の腕はどう、左手が痛いって言っていたからねえ」と。その日から毎日私の顔を見る度挨拶がわりに同じ事を言います。

あしゃらは腕が痛いなんて言ってないし、本人からも義母にはっきりと「俺は腕は痛くないから、もう言わないでよ」と言った後にも毎日繰り返して言います。今朝も言ってました。

また、入浴に関しては、1ヶ月以上入っていなくても「毎日お風呂に入っているのに皮膚炎になるなんて、おかしいわよね」と同意を求めれれたり。

事実に反しても自分にとって都合の悪い事、自分の価値観から外れた事を言う人は嘘つきなのです。

そんな義母の言動にあしゃらが出した結論は、

「うちのお袋は鬱病か何か心の病だろう。

何故なら、普通は本人から否定されたら自分の勘違いだった、又は思い違いだったとか思うのに、お袋の場合は、本人が否定しても自分の勝手な思い込みで尚言い続ける。

お風呂の件だって、何やかんや言い訳をして入ろうとしない。1ヶ月も入ってない事実を指摘すると俺迄嘘つき呼ばわりだ。

更に天気や電信柱にまで文句を言う。

自分ではどうにもならない事にも文句を言うのは心の病気かもしれない」と。

勿論、あしゃらは医者ではないし病院に行って義母を診て貰った訳ではないので断言出来ませんが。

そして、私には次の様なアドバイスをしてくれました。

「お袋とは物理的に距離をおき、必要以上に余計な話もしなくていい。

お前は、お前がすべき事を淡々とこなせば良い」と。

 

それから、義母に寂しい思いをさせたら悪いと思う事を止め、食事の前後や必要な時以外は別室で過ごす様にしました。

あしゃらのアドバイスがきっかけとなり気付かせて貰えました。

それは、寂しい思いをさせたら悪い思っていた自分自身の勝手な思い込み。

そもそも、義母は一言も常に人と一緒に居たいなんて言ってないのに。

それにより自己満足をし、義母の文句を聞くのが嫌だと、周りの人達に愚痴をこぼす事によって不快な気持ちにさせていたんだと。

1年以上も混乱状態で、自分自身を見失いかけていました。

私は悪口を言っているつもりではく、義母の現状を夫と情報共有していたつもりだったのですが、義母の件はあしゃらにとって不愉快だったと思います。

そもそも論ですが、夫の希望を叶える為、役に立ちたくて始めた義母との同居です。

義母との同居で夫婦仲が悪くなるのは、本末転倒。

 

何故、介護が修行なのか?

それは、どこまで痴呆なのか?元々の性格なのか?心の病なのか?わからない義母との距離感や対応に悩み、義母であるが故に言いたいことも言えずストレスを感じながらも同居しているという現実。

何時終わるのか自分では期限が決められず、このストレスを軽減する為の修行。

『病は気から』とは、正にこの事ではないでしょうか。

 

 

今日は義母がデイサービスに行き、私にブログを書く時間と気持ちの余裕が出来ました。

 

デイサービス、なかなかすんなりと行ってくれなくて‥‥‥。

今後も義母のデイサービスの日などに書き込みしていくつもりです。

ただし、アップした日が書き込み日とは限りませんが。

 

介護の困り事は、今後益々増えていくと思います。

介護に携っておられる方々からは、きっと、『介護あるある』かもしれないのですが、私にとっては子育て以上に驚く事ばかり。それでも、あしゃらに相談しながらケアーマネジャーさんやデイサービスの方々の協力で乗り切っていけたら良いなぁなと思っています。

義母が選んだ、春の花を生けて貰い、仏壇の前に飾りました。